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エピローグ ただの退屈な状況説明

“魔女はかくして勇者となる”




略して“かくなる”始まります。


―――いつからか“ユメ”を見るようになった。




ゆめ、夢。―――“ユメ”。


そんなものは誰だって見る。自分だって今まで散々見てきた。いたって普通の現象だ。


しかし、今までに見てきた夢は起きたら思い出せず、「何か夢を見ていたようだ」程度の認識しか持ち得ない、その程度の物だった。


薄ぼんやりとした、自分が主役の文字通りの夢物語。


至って普通の―――正しく夢であった“ユメ”。


それがいつからだろうか。変わった…いや、夢でない“ユメ”を見るようになったのは…。


とあるなんでもない日常の一幕。ベッドに潜り、目を閉じ、明日を迎える。それだけのはずだった。


…はずだったのだ。




その日、




俺は、




夢で、




―――殺された。




覚えているのは美しく、ただ美しく、何よりも美しい“魔女”の姿。


金色の美しい髪を携え、お伽話に出てくるお姫様のような美しさを持った彼女に、俺は、俺の存在そのものは、―――殺された。




翌朝、目が覚めた時に俺の記憶にはその“ユメ”の内容が鮮明に残っていた。


夢であったはずの物語。自分が死ぬという最っ高に、最っ低で、愉快で糞ったれな夢物語。


けれど記憶に残る、はっきりとした、己が死んだという経験、そしてその事実。夢であったはずなのに、頭が、脳が、俺は死んだと、そう突き付ける。だが現実として俺は夢から目覚め、生きている。


体には傷一つなく、ましてや死んでいるなんてことはありえない。


なのになぜか確信めいたように頭に残る、殺されたという事実。夢と断ずるのは簡単なはずだが、それができない。自信の記憶がそれを現実であったと、事実であったと訴える。


殺されたという現実。生きているという現実。殺されたという事実。生きている事実。どうしようもないほどの矛盾。


意味不明なほどに、矛盾が矛盾に矛盾していた。


頭が痛い。


さっきからずっと頭の中で何かが鳴り響いているような錯覚を覚える。いっそのこと本当に死にたいと思える程に、殺されたかのように、頭が痛い。頭痛(それ)が自分の死の証ではあるのではないかと、嫌な想像までしてしまった。頭を振り、必死に浮かんでしまった嫌な想像を振り払う。


思い出すのは“ユメ”に出てきた彼女の―――美しい金の魔女の双眸。


美しい金の髪とは異なり、どこか冷たく、それでも濁りのない、殺意に満ちた両の眼。


怖いとは思わなかった。ただ、なぜかというか、やはりというべきか、素直に美しいと思ってしまった。




そして―――。


今朝見た“ユメ”を不思議に思いつつも、自身が死んだという記憶に恐怖を覚えつつも、彼はいつもどおりに、昨日と同じように、また床に着いた。




彼はまた夢を見る。


明日彼はまた夢を見る。


明後日彼はまた夢を見る。


いつまでも、いつまでも彼は夢を見続ける。




殺し、殺され、―――殺され続ける“ユメ”を。





† † †




「そんなわけで厨二病の俺は、厨二な力を手に入れましたとさ」


そう愚痴る彼は現在、道の真ん中で立っていた。


そんな場所で立っていれば自身が車に轢かれてしまう恐れがあるのは、誰にでも、そうまさしく当事者である彼にこそ分かっているはずだった。


事実、彼の目前には今にも彼に衝突しようとするトラックがある。運転手はなにをしているのか、止まる様子は見られない。


あと数秒もすれば彼は轢かれ、その華奢な肉体は粉砕され、死んでしまうだろう。


逃げないといけないのは分かっている。普通の人なら、数秒先の起こりうる惨劇を回避するため、脱兎のごとく逃げるのだろう。生き残る未来を信じて。だが彼は逃げるわけにはいかない。彼にはそこから動いてはならない理由があった。


別に彼の後ろに少年もしくは少女がいて、彼はそれを助けるため立ち塞がろうとしているなんていうベタで、テンプレな理由があるわけではない。


むしろ彼なら興味を持つことなく、見て見ぬ振りどころか、見ることもなく平然として立ち去るかもしれない。それが運命だと。


では何故彼は立ち止っているのか。


実に簡単なことだ。


それは彼が死ぬためにそこに立っているからである。


正しくは、道を横断中に自分に向かって来るトラックを見て、彼は生を放棄することを諦めたから、立ち止まっているのだ。ただ別に彼は自殺志願者なわけではない。


―――ただ疲れてしまったのだ。




† † †




ここで彼について語らねばならない。


彼“――――”は、魔女と呼ばれる存在である。


金の魔女の“ユメ”を見たその日から、彼の日常はあっけなく崩れ去った。何の慈悲もなく、何の理由もなく、何の因果もなく、簡単に彼の日常は壊れた。


彼は毎日夢を見るようになった。夢を、ゆめを、“ユメ”を見るようになった。そして毎日“ユメ”の中で彼は殺された。


どういうわけか初めて“ユメ”を見たその日から、毎晩決まって殺しあいをする“ユメ”を見るようになったのだ。その“ユメ”にでてくる殺しあいの相手は――――架空の存在。


彼が好んで読むライトノベルやアニメに登場する物語の人物。大多数が特殊な力を用い、ヒロインを、そして世界を救う空想上の人物あるいは英雄たちと、彼は毎晩殺しあうことになった。


空想上ではまさしく英雄である彼らとは毎日毎晩殺しあった。否――――それは殺し合いではなかった。


ただの虐殺。一方的な殲滅だった。


当然であろう。彼は現実に生きる普通の少年である。対して相手は特殊な能力を持つ空想の物語の登場人物ファンタジーのキャラクターたちである。


ましてや彼は殺し合いなどしたこともない普通の少年。加えて殺意を向けられ、命を狙われる理由もわからない、そんな状況だった。


彼は毎晩殺された。原因は不明、理由は不明、動機は不明、全ては不明。


しかし、毎晩殺されるという結果は変わらなかった。


ここで普通の少年だったならば、その精神は狂い、もしかしたら“ユメ”の中だけでなく現実でも本当の死を迎えてしまっていたかもしれない。だが彼は強かった。悪夢“ごとき”に負けない心の強さを持っていた。


彼は毎晩抗い続けた。夢を見ることに抗い、殺されることに抗った。そして彼はだんだんと自身の置かれた状況を理解していった。


“ユメ”には“ユメ”なりの規則ルールが存在していた。


まず夢に現れる登場人物はある程度自由に変えられること。寝る前に強くそのキャラクターについて思えば、そのキャラクターが現れる。もし何も考える人物がいなかった場合は、それまでに見聞きしたライトノベルやアニメの中からランダムに現れる。またどちらかが(今まで殺されてきたのがいつも彼の方だったから断言はできないが)死ぬまで夢は覚めない。まずはこれらを彼は理解した。


そして彼は決意する。殺されないことを、そして殺すことを。


“ユメ”に現れる人物を指定することができるのならば後は簡単だ。自分でも勝てるキャラクターを選択すればいい。後は策を巡らせ、正々堂々不意を打てばいい。真正面からなんてバカのすることだ。


そうして初めて彼は殺されることなく、久しぶりに懐かしい“いつもの”朝を迎えた。


くしくもそれは、“ユメ”の中とはいえ、初めて人を殺したことを意味するわけであった。だが彼は“ユメ”の中とはいえ人を殺したことに対し、普通の人のように後悔や懺悔で苦しむことはなかった。


彼は聖人君子でも、ましてや善人でもない。常に善を為さなければならない善人になどなれるわけがない。彼は16というまだ子供と言える年齢であっても、世界がそれほど優しくはなく、ましてや人はそこまで美しい存在なんかでは決してないと認識していた。ゆえに彼はどこか斜に構えた、皮肉屋っぽく育ってしまったのだが。


そんな彼だったが、彼は一つの信念を持っていた。自分を信じる、ただそれだけである。世界は優しくなく、社会は嘘に満ちていて、人は綺麗でなんかいられない。ゆえに彼は自分を信じて、自分の思うままに生きる。その結果何が起ころうと、どんなに後悔しようとも、全てを受け入れ乗り越えて強くなろうと彼は決めていた。


だからこそ彼は殺し合いという行為の結果、人を殺したという事実も受け入れ、そして乗り越えた。それは歪な強さで、彼の生き方を歪んでいると言う者もいるかもしれない。しかしそんな批判も何もかもを乗り越えられるからこそ、―――彼は何よりも強かった。


それから彼が殺されることは極端に減っていった。勝てる相手を指定すればいい、それだけだった。物語の登場人物だけ、いくら弱い相手を指定しても不安は残ったが、彼には策を巡らせる頭脳も時間もあった。


幾ばくかの時を経たある日、“ユメ”の中で彼は気づいた。今まで殺した相手の能力を使えることに。


彼は勝てる相手を指定してはいたが、完全な一般人である普通のキャラクターは選択していなかった。夢とはいえ良心の呵責があったのだ。それゆえ彼が殺してきた相手は、様々な悪役であった。しかし悪役であればどのような物語であっても、完全な一般人はなかなかいない。いたとしてもモブキャラであり、殺しあいの相手に指定することはできなかった。どうやら姿と名前をはっきり認識できる、というのが相手を指定できる最低限の要素であるようだ。


そして彼はいつものように殺しあいをしている最中、ふと気付いた。殺した相手の能力を簒奪していることに。


彼が今まで殺して来た相手には大なり小なり、何かしらの能力を持つ者たちがいた。彼らが使っていたそれらの能力を彼が使えるようになっていたのだ。


ただの夢ならよかった。しかし夢ではなかった。夢にはなりえなかった。


これは現実であり、幻想であり、物語であり、童話であり、寓話であり、喜劇であり、悲劇であり、空想であり、妄想であり、偽物であり、何よりも夢であり、


ただしくそれは“ユメ”であった。


ゆめ、夢。―――“ユメ”。


彼が簒奪した能力はすべて現実で使えたのだ。まるで物語の主人公のように、彼は簒奪したすべての能力を現実で使うことができた。


彼は能力を使えることに喜んだ。そこに能力に対する恐怖はなく、純粋な歓喜があった。


彼は憧れていたのだ。初めてライトノベルを読んだあの日から、物語の主人公のように特別になりたいと。今ここにそれが叶ったのだ。


初めてライトノベルというものに触れ、その主人公である彼女に憧れた。彼女の強く、優しいその姿に彼は憧れた。彼は彼女のようになりたかった。そんな思いがあったからこそ、あの始まりの“ユメ”に彼女がでてきたのだろう。


彼の始まりである彼女。そこから始まった彼だけの物語。


だからこそ、彼は彼女にあやかり、自身をそう呼ぶことにした―――魔女、と。


それから彼は自分がなりたい自分を、彼女を目指し、殺しあいを続けた。勇者を殺し、魔王を殺し、英雄を殺し、数多の主人公たちを殺してきた。


しかし彼は得た能力を現実でむやみやたらに使うほど愚かではなかった。


彼は物語の主人公になりたかったわけではない。


ただ憧れていただけだ。


偶然得た能力に溺れることはなかった。現実でそれらの能力を使っているのを万一にでも見られたら大問題になる。


人は異端を拒絶する生き物だ。もし彼のことがバレれば、現実に彼の居場所は無くなってしまうであろうと、彼はきちんと認識していた。


それゆえ、彼は現実で能力を使うことは、ほとんど無かった。彼には憧れていた物語の主人公のような能力を手に入れたという事実だけで十分であったのだ。それだけで殺されてきた彼は報われる。


だが、彼の認識は甘かったという他ない。世界は優しくなんてなかったのだ。分かっていたはずなのに、世界は優しくなんてないと知っていたはずなのに。


現実には魔法も超能力も存在しない。なぜなら現実であり、そういう世界であることが、人々にとって当たり前であるからだ。


けれど、彼は魔法も超能力も手に入れた。それだけに留まらず、さらに様々な不思議な能力を手に入れた。


それ故に、彼は世界にとって異物だった。


魔法や超能力なんてものは存在しない現実の世界。この現実でいえば、彼は異物でしかなかった。


当然、異物は排除される。自然の摂理の如く、まるで世界のルールのように。


彼の好きなサブカルチャー風に言えば、世界の修正力なんて言えるだろう。


つまり、彼は世界に命を狙われるようになったのだ。


ある時は事故で、またある時は人災で。ありとあらゆる手段で世界から命を狙われた。


だが忘れてはいけないのは異物たる証である魔法や超能力なんていう力を、彼は現実には現実として使えることである。かくして彼は世界から命を狙われ続けるも、それを撃退しつづけた。


それはあまりにも理不尽だった。見たくもない“ユメ”を見せられ、何度も殺され、世界には命を狙われる。


彼は異端の始まりは彼が望んだものでは、決してなかった。彼はあの日もいつもと変わらない日常が続くと信じていたのだ。しかしその思いも理不尽に、完膚なきまでに壊されてしまった。そしていつしかその理不尽を受け入れ、殺しあうことを日常としてしまったのだ。


言い換えれば、彼はあの時理不尽に屈したといえる。


故に彼は世界に殺されてなんかやらない。二度も理不尽に屈してなんかやらない。二度も負けるだなんて、彼のプライドが許さない。簒奪した全能力を使い、世界に殺されることを拒絶する。


そうは言っても毎日毎日現実でも、“ユメ”でも命を狙われるという状況に、彼は疲れてしまった。


いや、正確には違う。飽きてしまったのだ。


世界に命を狙われ続け、その状況で生き残るゲーム。彼は今の状況を、そんな風に考えていた。


よく変人などと呼ばれる彼は、自身が特殊な能力を持ち、かつ自身が特殊な状況に置かれている現在をゲームに見立て、勝利条件を探していた。


そして道の真ん中に立ち、トラックに轢かれる間際という現状に繋がる。


彼は今ここで殺される―――世界に。


だが死んでなんてやるものか。彼はそんな矛盾を決意する。


「勝利条件は世界を倒すこと。世界を壊すことなんて不可能。敗北は俺の死」


彼は現状の確認するかのように、小さな声で呟いた。


「勝ち目なんてない。なら勝ちなんていらない。世界を倒す理由は理不尽に屈しないため。なら勝利条件はこうとも言える」




―――負けないこと。




「理不尽に負けなければいい。世界に負けなければいい。殺されなければいい」


彼は向かい立つ。死に対して、死を求めて、死を迎え討つ。


「世界の望み通りっていうのは尺だが、殺されてやろう」


―――そして、


「死を乗り越える」


それは、誓い。


彼が得た、彼が憧れた数多の主人公たちより簒奪した、最強の能力に誓って死んでならない。死すらも乗り越える。


「世界よ、お前が殺せない存在になれば、俺の負けはない。俺は理不尽に屈しない」


彼の華奢な体躯がトラックに跳ね飛ばされるまで、あと1.0秒。


「最後に呪いをかけてやる」


0.8。



「糞みたいな残酷な世界よ」


0.6。


「俺はてめぇが大嫌いだ」


0.4。


「こんな糞ったれな世界の中で」


0.2。




「世界に幸福を」




0.0。






† † †




そうして魔女である彼の物語は終わりを告げた。


彼はどこまでも皮肉屋で、それでいて確かに強かった。


これで魔女の物語のエピローグは終了となる。


そしてこれから始まるのは一人の勇者の物語。


そうこの日、一人の勇者が誕生した。


心優しき、皮肉屋の、物語の主人公に憧れた一人の少年が勇者となる、壮大なプロローグ。




その記録は―――ここから始まる。

かくなる




………ないな。

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