祖父が死んだので、今日は休みます!
「はぁ…。なにかもめんどくさい…」
リンドル王国宮殿第一等宿舎の自分の部屋のベッドの上で、俺は丸くなりながらつぶやいた。
時刻は朝の7時。そろそろ身支度を始めなければ仕事に遅刻する。
それはわかっているのだが、いかんせん、俺は仕事が嫌いなのだ。中でも会議が嫌いだ。あんなもの、時間の無駄でしかない。お偉方が好き勝手しゃべるだけで、生産性なんてどこにもない。
特に今日の会議は気が重い。
議題は各省庁からの報告に、来年度の予算案についてらしい。予算が絡むと各省庁の足の引っ張り合いで、雰囲気が最悪なのだ。おまけに、何一つ決まらないくせに、議論だけは白熱するものだから日没まで続くのが常だ。
「なんとかしてさぼれないものか…」
病気は先々週使った。不治の病と言ったらあっさり休みをくれた。と言っても翌週には、髪が白と黒に色分けされた名医に治してもらったことにした。
先週は老人を助けたことにした。話を盛りすぎていつの間にか国ひとつを救ったことになった時はさすがに肝を冷やしたが、何とかなった。
さて、今週はどうしたものか
「そうだ!」
祖父が死んだことにしよう。
噂で聞いたがこの国では今、親族の死を理由に仕事を休むことが流行している。
思えば先日も同僚が「遠縁の叔母が亡くなった」と言って休んでいたし、別の同僚は「母方の祖父の兄の妻が亡くなった」と言って三日も休暇を取っていた。
そんなウソを誰が信じるものかと馬鹿にしていたが、そもそもそれが本当か嘘かなんて誰も確かめようとはしないのだ。
この国は二百年もの間、戦争らしい戦争を経験していない。それはとてもいいことで今後とも戦争とは無縁でありたいものだと俺も強く思うが、平和が続きすぎたせいか、国民の危機意識はすっかり薄れてしまった。
しかも厄介なことに、娯楽が少ないため、国民は刺激的な話にはすぐ飛びつくくせに、その真偽を確かめずに話だけが大きくしていく。
全く、どうにかしないとなぁ、と思いつつも、今回ばかりは罰当たりな流行にのらせてもらうとしよう。
じいちゃんは今、宮殿を留守にしているのも都合がいい。
なにやら、近衛騎士を数名だけ連れ、身分を隠してのお忍び旅行に出かけると言っていた。
じいちゃんだって、羽を伸ばした時もあるのだろう。
とにかく、すべてが俺にとってちょうどいい!
この好機を逃す手はない!
ということで俺はさっそく、上司であるバルカロッテ財務卿の執務室へ向かった。
コンコンコンと小気味よく扉をノックする。
さぼれることが嬉しく、つい、ノックも弾んでしまう。
「財務卿、少しよろしいでしょうか」
「どうした?」
「大変申し上げづらいのですが…。実は、祖父が亡くなりまして」
その瞬間、財務卿の顔色が変わった。
「な、なんだと……!」
おや、随分と仰々しいリアクションだな。俺が主演男優賞級の演技力を見せてしまったか。
「ええ。突然のことで、俺もまだ気持ちの整理がついておりません」
「すぐに宰相へ知らせねば!」
財務卿は机の上の書類を放り出し、執務室を飛び出していった。
うーん、あまりに大げさではないだろうか。そりゃあ、部下の親族が亡くなったのだ。多少は痛み入るのが人情というものだが、それにしても、えらく慌ててたなあ。
いや、まあ、これくらいが普通なのかもしれない。
とにかく、これで今日の仕事をさぼれる!
なにしようかな!最近話題のスイーツを食べに出掛けてもいいし、絵画鑑賞なんてのも、アリだなあ。
わくわくが止まらないぜ!と俺が安堵しきり、帰ろうとしたその時。
「待て!」
背後から財務卿の声が飛んできた。
「ユーリ君!どこへ行こうというのかね!君の祖父君がなくなったのだぞ!国王陛下が!!」
…国王陛下?
そこでようやく、俺は気がついた。とういうか、思い出した。
あー、そうだ、そうだった。
そういえば、俺のじいちゃん、この国の国王だった。
俺は王位継承順位が低く、王族としての務めもほとんどない。普段は王国財務院の官吏として働いており、一般職員と何ら変わりない。
そんなわけで完全に王族としての自覚を失念していた。
つまり、俺が言った「祖父が亡くなった」という言葉は、国王陛下の崩御を意味してしまったのだ。
うーん、まずい!非常にまずい!
訂正したかったのだが、今さら訂正できる雰囲気ではなかった。完全に信じ切っている。
だから、ファクトチェックをしろよ!
「近衛騎士団に連絡しろ! 王宮の警備を強化するのだ!」
「宰相閣下には王族の招集を! 王位継承についても協議を始めねば!」
「隣国への弔問の使者も必要ではないか!」
財務卿の執務室は、重臣たちが詰めかけあっという間に大混乱に陥った。
そして、その混乱は王都全体へと広がっていった。
「国王陛下が崩御されたらしい!」
「病死か?」
「なんと嘆かわしい…」
俺が言えたことではないが、全員あほなんだろうか。
誰も真偽を確かめようとはしなかった。
よくもまあ、誰一人遺体すら見ていないというのにこれだけ信じることができるものだ。
感心してしまう。
と、どこか他人事に思っていたが、俺も当然、蚊帳の外というわけにはいかず、すっかり騒ぎの中心に担ぎ出された。
宰相の執務室へ連行され、重臣たちからの質問攻めにあっていた。
「陛下は最期に何かお言葉を?」
「……」
「ご遺体はどちらに?」
「……」
「せめて最期のお姿だけでも、我々に」
「……」
何一つ答えられない!嘘なんだから!
祖父は生きている。
だが、今ここでそれを告げれば、俺が嘘をついたことまで明らかになってしまう。
どうにかして、この場を切り抜けられないものか。
この期に及んでも自らの保身に走るとは、案外俺にも王族としての素養があったのかと的外れにうれしくなっていたその時。
「た、大変です!」
伝令の騎士が勢いよく扉を開けた。
「国王陛下がお戻りになられました!」
室内の全員が、一斉に顔を上げた。
「な、なんだと…?」
「陛下が…お戻りに?黄泉の国から…?」
そんなわけないだろ!と俺が心の中で突っ込みを入れていると廊下の向こうから足音が聞こえてきた。
「いやあ、ただいま!ただいま!久しぶりの旅はよかったぞ!黙って出かけたお詫びに土産もたくさん買ってきたぞ!」
麦わら帽子をかぶり、両手に土産袋を抱えた老人が、陽気に部屋へ入ってきた。
この国の国王陛下にして、俺のじいちゃんだった。
どうやらお忍び旅行から帰って来たらしい。
間が良いのか、悪いのか。いや、悪いに決まっているな。
沈黙。誰も動かない。いや、動けない。
じいちゃんは異様な奮起に気づいたのかみんなを見渡す。
「…おや?どうしたのだ、お前たち。やっぱり、怒ってるのかのぅ…」
次の瞬間。
「うわああああああああああああ!」
絶叫。
「幽霊だあああああ!」
「国王陛下の亡霊だああああ!」
「聖職者を呼べ!早く!念仏を唱えてもらうのだ!」
この国の宗教、仏教だっけ?
王宮は、先ほどとは別の意味で大混乱に陥った。陛下は目を丸くし、俺の方を振り返った。
「えっと、つまり…わし、死んだの?」
「じいちゃん、ごめん!」
こうして、王国史上初めて、国王陛下が幽霊と間違われた日が誕生した。
ちなみに、後日談というか、余談だが。
翌日以降、王都では「国王陛下の幽霊を見た」という理由で仕事を休む者が続出した。
「昨夜、枕元に陛下が立っておられまして……」
「俺は王宮の廊下で見ました!」
「私は三回も見ました!」
もちろん、誰も確かめようとはしなかった。
…まったくこの国は、今日も平和である。




