異世界残侠伝 ―断罪の雪に舞う唐獅子牡丹―
【一】 断罪の夜会:堪忍袋の緒
シャンデリアの光が寒々しく降り注ぐ、王城の大広間。
その中心で、王太子ルイスの声が、まるで汚物を投げつけるかのように響き渡った。
「サクラ・カトウ! 貴様のような可愛げのない、氷のような女との婚約は、今この時をもって破棄させてもらう! 聖女マイをいじめた罪で国外追放だ、二度と面を見せるな!」
周囲の貴族たちは、待ってましたとばかりに嘲笑を浴びせる。
「ざまぁみろ、あの陰気な令嬢」「無能の分際で、聖女様に嫉妬するなんておこがましい」
……わしは、動じなかった。
豪奢なドレスの裾の汚れなど気にも留めず、懐から取り出した真っ白な手拭いで、静かに指先を拭う。
帽子の庇から覗くその瞳は、まるで冬の瀬戸内海のように冷たく、深い。
(……三。よし、数え終わったで、殿下。仏の顔も、三度までじゃけぇの)
わしはゆっくりと立ち上がる。その瞬間、纏う空気が「淑女」から「極道」へと変貌した。
広間の温度が、一気に氷点下まで下がったかのような錯覚。
「……殿下。あんじょう、ええ加減にせにゃあいけんよ」
わしの口から漏れたのは、令嬢の澄んだ声ではない。地を這うような、ドスの利いた重厚な広島弁だった。
「わしゃあね、この三年間、泥水をすする思いでアンタの不始末の尻を拭うてきたんじゃ。それを、横から湧いて出たような小娘の甘い言葉にたぶらかされて……」
王太子ルイスが、その気迫に一歩、後ずさる。「な、何を……!?」
「堪忍袋の緒が、ぶち切れたわ。……殿下。お命、頂戴いたします」
【二】 回想:一匹狼、公爵家に立つ
……さて、おどれら。いきなりドスを抜いて驚かせたのう。
わしもな、好き好んでこんな派手な真似をしとるわけじゃあないんじゃ。
わしの前世は、広島の「加藤組」で代貸を張っとった男よ。
不器用な男でな。義理と人情の狭間で、ドス一本抱えて修羅場を潜り抜けてきた。
最後にゃあ、若い衆を逃がして雪の降る夜に一仕事終え……気づいたら、この公爵令嬢サクラ・カトウに転生しとった。
それから三年。わしなりに、この「公爵令嬢」って役柄を必死に演じてきた。
親分……いや、お父様に連れられて初めてルイスに会った時、緊張しすぎてガチガチの「軒下の仁義」をカマして引かれたのも、今となってはええ思い出よ。
だがな、ルイス。お前さんの嫌がらせは日に日にエスカレートしおった。
マヨネーズだの石鹸だのと、現代知識をひけらかす聖女マイと一緒になって、わしを「無能」だのと罵り始めた。
一、ワインをかけられても、仏の顔で拭うた。
二、亡き母の形見の手拭いを汚されても、拳を握って飲み込んだ。
だが、弱り目にたたり目。
心優しいお父様が心労で寝込み、うちの若いメイドまでが聖女の取り巻きに難癖をつけられ、泣かされた。
自分のことなら、どれだけ泥を塗られても笑って耐えてやれる。
だがな……。
わしの親分を泣かせ、わしの若い衆に手を出した以上、もう「令嬢」の看板は通用せんぞ。
【三】 無双:落とし前と雪の別れ
「不敬罪だ! 衛兵、そいつを捕らえろ!」
王太子の悲鳴に応じ、近衛魔導騎士たちが一斉に飛び出す。
わしは、豪奢なドレスの肩をバサリと脱ぎ捨てる。
白い絹が滑り落ち、剥き出しになった背中には、魔法陣を模した見事な 『唐獅子牡丹』 の刺青が浮かび上がった。
「……おどれら、よう聞きんさい。この落とし前、言葉や金でありゃあ済まんで」
刺青の牡丹が、紅蓮の光を放つ。
これがわしの、国の『穢れ』を吸い取って安定させてきた、命懸けの魔導の源。
わしは魔鋼短刀を逆手に持ち替え、最短距離を「歩き」で詰め寄る。
(ドォォンッ!)
魔法を気合で叩き斬り、騎士たちを次々と鉄扇の柄で沈めていく。
「な、何なのよその力!」と腰を抜かす聖女マイ。
おどれの言う「システム」とやらが、人の情けを踏みにじる理由になるとでも思うたんか。
「……地獄へ行く前に、よう覚えときんさい。人の心を土足で踏みにじる奴に、聖女を名乗る資格もありゃあせんわ」
わしは彼女を打たず、横の床を粉砕して恐怖を刻みつけた。
次に、震える王太子ルイスの胸ぐらを掴む。
「……殺す価値もありゃあせん。だがな、わしが消えた後、この国の結界がどうなるか……あんたのその節穴の目で、よう見届けんさい」
わしは彼を突き放し、三度笠風の帽子を深く被り直した。
大広間の扉を開ければ、外は激しい雪。
「……サクラ! 待て!」
背後で叫ぶルイスの声も、もうわしの耳には届かない。
(のう、親分。令嬢の修行、これにておしまいでがんす。あとは一匹狼として、泥水をすすって生きていくけぇ)
雪の白さが、ドレスの返り血を覆い隠していく。
キュッ、キュッ、と雪を踏みしめる自分の足音だけが響く。
「……短い夢、見させてもろうたわい」
(完)
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