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魔王様のお嫁様  作者: 紫月 京


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9.カイダル様の勘違い


しばらく一人にさせようとお妃様を寝室に残し、メイドを呼ぶための呼び鈴をサイドテーブルに置き、扉の外に二人の護衛官を立たせてから、魔王様の後を追って執務室へと向かった。

広大な魔王城の最上階の寝室から、二階の執務室へ。扉を三回叩き、返事を待って扉を開けた。

すでに机に齧りついて書類整理をしていたカイダル様が、チラリと魔王様を見て一度目を逸らし、下げた視線を勢いよく戻した。

「おま……っ、とうとう蜜月かっ!?」

「はっ?」

大きな音を立てて椅子から立ち上がり、嬉々とした表情でずんずん魔王様に近寄ってきた。立ち上がった拍子に宙を舞った書類を、カイダル様にお茶を淹れていたカフカが慌てて拾い集めている。

バンバンと魔王様の肩や背中を叩いて、カイダル様が大柄な体に負けない大声を出した。この太い首を締め上げただなんて、ジフジ様は凄いな。

「やったじゃないか!それで、首尾は!?」

額に手をやり、ため息を漏らしながら魔王様がカイダル様の手を引き剥がす。

「落ち着け。何だ、何事だ」

「だから、蜜月だろ!?こんなところに来ている場合か?さっさと寝室に戻ってやれよ!」

頭が痛い、といった表情で、魔王様が僕に視線を投げて寄越した。いや、そんな目で見られましても。

コホン、と一つ咳払いをする。

「カイダル様、落ち着いてくださいませ」

「リカルはよく落ち着いていられるな!主君が首尾よく蜜月を迎えたんだから、もっと喜んでやらないと!」

あー、これは勘違いされてるな。昨日まで、執務室に来る魔王様はイライラを隠しもしていなかったから。

「恐れながら、申し上げます。魔王陛下は、王妃殿下との蜜月はまだ、迎えておられません」

勘違いが加速する前に告げておかないと。城中に言いふらされたら困る。

カイダル様は有能だしいい方だ。けれど、思い込んだら突っ走るところがおありだからな。

「はっ?まだ!?」

ギギギ、と音が鳴りそうな動きで、カイダル様が魔王様を見つめる。

「いや、だって……」

「何だ」

むすっとした魔王様の表情に、カイダル様が押し黙った。

魔王様の幼馴染でもあるこの側近様は、魔族きっての腕力の持ち主ジフジ様が一目惚れしただけあって、女性から非常に人気のある美丈夫だ。

褐色の肌に濃紺の髪は刈り上げて、牛の角がこめかみから二本生えている。藍色の瞳は切れ長で、女性に言わせるとたまらない色気があるらしい。遊びでもいいから一度は抱かれてみたいと、お城の使用人たちが騒いでいたことも知っている。本人とお嫁様の耳に入ったら殺されるかもしれないから、黙っているけど。

いつまでも王妃の決まらない魔王様のことを、素直には言わなくても心配していたことは、魔王様もわかっている。ユーティリア様が来られると決まった時には本当に喜んでいらした。それなのに蜜月を迎えられずにいる魔王様のことを、この一週間ハラハラしながら見守ってこられたんだ。

今朝は落ち着いた様子で魔王様が執務室に来られたから、勘違いされたんだな。魔王様に、どこか浮かれた様子も感じられるし。

魔王様の分のお茶を淹れて、ソファの前のテーブルに置いた。向かい側に、カイダル様も腰を下ろす。

「シュヴァンダル、どういうことだ?蜜月じゃないなら、何故そんなに機嫌がいいんだ?」

「……機嫌がいい?」

お茶を一口飲んで、魔王様が不思議そうに首を傾げた。

「昨日まで、城を吹き飛ばすんじゃないかってくらい、機嫌が悪かったじゃないか」

こちらはカップのお茶を一気に飲み干して、カイダル様が言う。

「いくら俺でも、城は吹き飛ばさん」

「まぁ、それはいくらでも修復できるからいいんだが」

よくありません。修繕するのは魔力の弱い職人たちなのですから、ほどほどになさってください。

心の声は飲み込んで、主君たちの会話に耳を傾ける。

「毎晩俺の魔力を馴染ませたからな。今朝は、一応会話ができた」

「……」

「何だ?」

「会話、しただけで、そんなに喜んだのか……?」

カイダル様、あまり魔王様の心を抉らないでください。

「喜んでなどいない。だが、昨日までほど苛立ちはしない」

「……」

チラリ、と僕にカイダル様の視線が飛んでくる。

「あー……陛下はこれまで、婀娜あだっぽい女性から言い寄られることしかございませんでしたから。こちらから距離を詰めなければならない女性への接し方が、まだよくおわかりになられていないかと」

僕の説明に、カイダル様は納得したように大きく頷き、魔王様はものすごく不満そうに眉間に皺を寄せた。



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