54.裁きへ向けて
少し落ち着かれたジフジ様が、恥ずかしそうに笑顔を浮かべた。
「取り乱しちまった。情けないところを見せたね」
「あら、どんなジフジちゃんも素敵よ」
ふふっと笑って、ミサキ様が僕に視線を向けた。
「リカちゃんも、ずっと傍にいてくれてありがとう。あたしが悪夢に魘されてシュヴァンダルが宥めてくれている間も、ずっと控えててくれたんでしょう?」
「いえ、私にはそれしかできませんでしたから」
自嘲ぎみな言葉に、ミサキ様が少し怒ったような顔を見せた。
「そんな言い方しちゃダメよ。あたし、心強かったんだから」
手招きされてソファへ近づく。
そっと伸ばされた手が、僕の頭を優しく撫でた。
「本当はね、まだ少し思ってるの。ここにいていいのかしら、って」
ミサキ様の言葉には、ジフジ様が反応した。
「ミサキっ!」
「ごめんごめん。言い方が悪かったわね。後悔してるわけじゃないのよ」
僕の頭を撫でながら、ミサキ様が続ける。
「元のあたしは死んでいて、戻る方法があったとしても戻れる場所がないって聞かされて。ユーティリアちゃんだってもう、消えてしまいたいって思っていて」
気持ちを整理しながら話すように、ミサキ様がジフジ様と僕に向けて話す。
え、僕の頭は撫でたままなの?その方が落ち着くのかな。
「最初は、じゃあここにいなきゃ仕方ないじゃないって、ちょっと投げやりになって。でも、そんなのシュヴァンダルにもユーティリアちゃんにも失礼じゃない?」
「あたしにも、だよ」
苦笑するジフジ様に、ミサキ様も頷いた。
「そうね。ジフジちゃんだって、カイダル様だってあたしを大事に思ってくれてる。なのに、自分で自分を大切にできなきゃ、ダメじゃない?だから、ちゃんと向き合うことにしたのよ」
満足されたのか、ミサキ様の手が僕の頭から離れる。
「あたし、この年になって恋するなんて思ってなかった。だから動揺して……見た目と中身が違うなんて詐欺みたいじゃない?シュヴァンダルを好きになってもいいのか、受け入れてもいいのか、ずっと悩んでた」
それはきっと、有翼族に攫われる前からのことだろう。
「なのに、助け出されてあたしが目を覚ました後から、あの人ったらぐいぐい来るんだもの。夫だから当然だなんて言って。抵抗してるのが馬鹿らしくなっちゃった」
ミサキ様の独白にジフジ様が吹き出した。
「笑うなんてひどいわね?」
ぷうっと膨らませたミサキ様の頬を、ジフジ様が指で優しくつつく。
「前にも言ったろ?陛下にとって、ミサキは初恋なんだ。魔族の愛情は海よりも深い。ミサキが想いを受け入れたなら、すべてを賭けて愛するに決まってる」
「初恋って……どこを好きになったのかしら」
「聞きたければ、一晩中語って聞かせるが?」
気配もなく割り込んだ声に、ミサキ様が肩を跳ねさせた。
執務室から戻られた魔王様が、扉を開けて仁王立ちしていた。後ろに、笑いで肩を震わせるカイダル様の姿もある。
「ちょっ、やだ!どこから聞いてたの!?」
「教えてやらん。夜にベッドで聞かせてやる」
「待ってそんな恥ずかしいこと……!」
大股でソファまで歩いて来た魔王様が、ミサキ様に手を差し出した。
「まぁ、その話は後でするとして」
「後でもしないわよっ?」
「まずは、食事だ。カイダルたちも一緒だが構わんな?」
差し出された手にそっと手を重ねて、ミサキ様がソファから立ち上がった。
「勿論よ。ご飯はね、大勢で食べる方が楽しいし美味しいのよ」
「変わった論理だな。それで、ミサキ」
エスコートするミサキ様を見下ろしながら、魔王様が言いにくそうに口を開いた。
「なぁに?」
「食事の後で、総務官長が来る。その……攫われていた間の話を、聞きに来るんだが……無理そうなら日を改めさせる」
目を見開いたミサキ様は、少し青ざめたがしっかりと頷いてみせた。
「総務官長、ってことは政治の偉い人でしょう?調書とか、そういうために来るのよね?」
「そうだ。お前への暴行を認めない愚か者どもを、しっかり裁くためだ」
「あたしがいたところでもね。被害者からちゃんと事情を聞く制度があったの。思い出して話すのは怖いけど、シュヴァンダルが傍にいてくれるでしょう?」
「当たり前だ」
安心したように、ミサキ様が笑った。
「それならあたし、頑張れる。ちゃんとお話しするわ」
やはり、ミサキ様は強い女性だな。
魔王様のお嫁様として、相応しい女性だった。




