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魔王様のお嫁様  作者: 紫月 京


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53/61

53.ジフジ様の後悔


魔王様がやると仰せだったけど、ミサキ様はテキパキとご自分で着替えを済ませてしまった。

今日のお召し物はゆったりとした薄桃色のワンピースだ。動きやすさを重視されるミサキ様のために、裾を引きずるようなドレスではなく、くるぶしあたりまでの丈のものにした。

お召し替えの前にお体を拭いて差し上げようとしたんだけど、必死な顔で断られてしまった。ベッドの天蓋のカーテンの中に隠れて、ご自分で拭かれたようだ。まぁ、メイドの仕事だからな。明日からは、お召し替えも湯浴みのお世話も、メイドたちが戻って来てやることになる。

着替え終えたミサキ様が一息ついていると、寝室の扉が大きな音で叩かれた。

ミサキ様が僕の顔を見て、しばらく迷った後で声を出した。

「どなた?」

「ミサキ、あたしだよ。ジフジだ」

「ジフジちゃんっ?どうぞっ」

ミサキ様の返事を待てない勢いで、扉が開かれた。息を切らしたジフジ様が立っていた。

ずんずんと大股でソファに近づいてくるジフジ様と途中ですれ違って、廊下を確認してからそっと扉を閉めた。

振り返るとソファの上で、ミサキ様とジフジ様が「ひしっ」と効果音が鳴りそうな体勢で抱き合っていた。


どれくらい無言で抱きしめ合っていただろうか。

我に返ったようにお二人がお互いの体を離した。けど、手を繋いだまま見つめ合っている。

新しく果実水を注ぎ直して、テーブルの上にそっと置いた。食事前だから、紅茶はなしだ。

「ミサキ、会いたかったよ。陛下のことだから心配いらないだろうけど、体調はどこも何ともないかい?」

「いやだ、ジフジちゃん。そんなこと、恥ずかしいじゃない。でも、平気よ。あたしも会いたかったわ」

お二人こそ恋人同士のような熱いやり取りをして、果実水を飲んでいる。

「恥ずかしいって、何が?」

首を傾げるジフジ様に、ミサキ様も首をひねった。

「その、夜のそういう……えっ、こちらではあけっぴろげに話すのが普通なの?」

「ミサキがいたところでは違うのかい?」

ミサキ様が語る以前の世界のお話は興味深い。

着替えた後できちんと畳まれた夜着を洗濯室に回す籠に入れながら、聞き耳を立てる。

「そうね。夜の、夫婦の時間のことは、秘め事だったわね」

「秘め事……」

「だから、他所の夫婦がどんな営みをしてるかなんて、知らないものよ?」

「あたしにも覗きの趣味はないが」

まだ首をひねるジフジ様を見て、ミサキ様がクスクスと笑いだした。

「いくらジフジちゃんでも、覗かれたら恥ずかしくてもう顔を見られないわ」

ミサキ様の言葉に、ジフジ様が姿勢を正して手を握り直した。

「ジフジちゃん?」

「ミサキ、一度きちんと謝りたかったんだ。あんたはもう、思い出したくもないかもしれない。だからこんなの、あたしの自己満足なんだけど」

苦しそうなジフジ様の声に、ミサキ様が目を見開いた。

「どうしたの?」

「あの時、あんたを守れなかった。怖い思いをさせたのは、あたしのせいだ。ごめん」

有翼族に襲撃されて、ミサキ様を攫われた時のことだ。

ミサキ様にもわかったのか、顔が強張った。震えているのか、細い手をジフジ様がぎゅっと握っている。

「思い出させたかな。せっかく陛下に愛されて幸せにしてるってのに、あたしの自己満足に付き合わせて悪い」

しぼんでいくジフジ様の声に、ミサキ様はゆっくりと首を横に振った。

「ね、ジフジちゃん。顔を上げて」

ミサキ様の言葉で、ジフジ様がのろのろと視線を上げる。

「本当に、怖かった。このまま殴られ続けて死ぬんだと思った。魔族とか魔法とか、そんなもの何も知らなかった。あんなに怖ろしい存在がいるだなんて、わかってなかった」

ジフジ様の眉が苦しそうに寄せられた。その頬を、ミサキ様の小さな手が包む。

「でも、一番怖かったのはね。このまま死んで、二度とシュヴァンダルやジフジちゃんに会えないことだった。何もわからない世界で、優しくしてくれて、あたしをあたしとして見てくれたみんなに、会えないまま死ぬのがすごく、怖かった」

「ミサキ……」

「シュヴァンダルにはもう、話した。そしたらあの人、ぎゅうぎゅう抱きしめてくれてね。

 あたし、今でも夢を見るの。薄暗い地下牢に入れられて縛られて、殴ったり蹴ったりされた時の夢。痛くて苦しくて、呼吸ができなくなって目が覚めるとね。いつもシュヴァンダルが抱きしめてくれてるの」

ふう、と息を吐いてミサキ様がジフジ様の頬を撫ではじめた。

「泣いて叫んで飛び起きるたびに、あの人がキスしてくれて、体を優しく撫でてくれて、そうして落ち着いてまた眠るの。毎晩のように見てた悪夢が、少しずつ減ってきて、最近ではたまにしか見ないけど、それでもまだ夢は見るのよ。でも、最初の頃のような怖さはなくなってきた」

そして、ミサキ様が微笑んだ。

「だから、ジフジちゃん。謝らないで、傍にいて。あたしとずっと、友達でいて」

ジフジ様の銀灰色の瞳が揺れて、涙が頬を伝った。



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