51.蜜月
魔族を統治するセレスリーアの王、シュヴァンダル・セレスリーア様と、人族の国からやって来たエバー王国第十二王女であるユーティリア・ヴィ・エバーレンチェル様が、とうとう蜜月の期間に入られた。
ようやく目覚めたミサキ・カタギリ様が悪夢を見ないようにと共寝された夜、お二人は想いを告げ合って抱きしめ合った。
ユーティリア様の肉体を奪ったという負い目と、元の世界に残してきたご家族のことを思って踏み出せなかったミサキ様が、恐ろしい経験を乗り越えここで生きていくことを決意された。
こういう言い方をしてしまうと、ミサキ様が大きな覚悟を決めて魔王様と添われることにしたように聞こえるな。でも、実際にミサキ様が口にされたのはもっと豪快な言葉だった。
『だって、元のあたしは死んじゃったんでしょ?くよくよしたって仕方ないわ。人間、誰でも死ぬんだから。
死んだ後の人生を、こうして若い娘さんになって過ごせるなんてラッキーじゃない』
無事に初夜を迎えて浮かれていた魔王様が撃沈するところなど、二度と見られない貴重な姿だった。
いや、これから先、ミサキ様がお傍にいればまた見ることがあるかもしれない。動揺しないように、カフカに言い聞かせておかないと。
そして返された魔王様のお言葉に、今度はミサキ様が固まっていた。
『そうか、その余裕は俺の愛し方が足りんということか。蜜月の間、お前は寝室からは出られんからな。その身にしっかりと、俺の愛を刻んでやろう』
真っ赤になってわたわたと手を振るミサキ様を抱え上げてベッドに運ぶ魔王様は、メイドも従者もすべて寝室から追い出した。
蜜月の期間は人によって違うけれど、お世話をする者が日に何度かは寝室に立ち入ることを許されている。
湯浴みの世話やシーツの交換、お召し替えにお食事の差し入れ。
けれど、ようやく思いを遂げた魔王様はお妃様のお世話をご自分でしたがるから、お妃様の専属にするために城にいるメイドたちには他の仕事を割り振らなければならなかった。
執務室ではカイダル様が魔王様の代わりに書類を捌いている。
有翼派閥への後始末のために、アイルーン様も日中ほとんどの時間をこちらで過ごしていた。
カフカが入れた紅茶を啜りながら、カイダル様が嬉しそうに笑った。
「無事に蜜月に入って安心したな」
「はい。ですが、まだまだ後片付けが山積みでございます。リカルどの、こちらの書類は財務官長へ」
アイルーン様から手渡された書類の束を小脇に抱え部屋を出ようとしたら、カイダル様に声を掛けられた。
「リカル。二人が寝室から出て来る気配はあるか?」
足を止めて振り返り、カイダル様に答える。
「いいえ。これまで我慢を重ねてこられた陛下ですから、カイダル様たちよりも長期間になるかもしれません」
「ほお!そうなったら歴代最長の蜜月期間だな!」
面白そうに叫んだカイダル様に、アイルーン様が冷静な声を返した。
「そうなりますと、お披露目はいつ頃になるかわかりませぬな。リカルどの、この書類も追加でお願いしたい」
サラサラとペンを走らせたアイルーン様が、さらにずっしりと重たい書類の束を渡してきた。
「披露目の前には、決着をつけたいな」
零されたカイダル様の呟きは重く、アイルーン様も眉を寄せた。
「日に何度かは陛下も出て来られるでしょう。血の匂いを寝室に持ち込みたくはないでしょうが、我々ではサヴィーナ老が高位すぎて手出しできませぬ」
「まあ、今は蜜月で浮かれているとしても、本来シュヴァンダルは冷徹な覇王だ。有翼族への仕置きもサヴィーナ老への処罰も、しっかり考えているだろうさ」
書類に向き直ったお二人に頭を下げて、執務室を後にした。
城中に浮ついた空気が漂っていた。
ミサキ様が戻られたことで、魔王城が数倍明るくなったような気がする。ミサキ様はまだ最上階から降りて来られたことはないのに、不思議だな。
あの方の太陽のような笑顔が、この先のセレスリーアを照らしてくださることになるだろう。




