50.伸ばされた震える手
恐怖に飲み込まれそうなミサキ様の絶叫に、魔王様とジフジ様の必死な呼びかけが重なる。
「ミサキっ、こっちを見るんだ!」
これ以上ないほどに震えているミサキ様の頬に、魔王様が手を当てようとなさるけど、ビクンと体を跳ねさせてミサキ様が泣き叫ぶ。
「やだ、やだっ!触らないでぇ!」
「ミサキ!あたしを見なっ」
力を入れないようにそっとそっと、ミサキ様の手にジフジ様が手を重ねようとする。けれど、ミサキ様が震えながら拒んだ。
蒼白な顔で、何かから逃げるように頭を振り続け、せめてもの防御だと感じるのかシーツの中に潜り込もうとするミサキ様に、魔王様とジフジ様が困り果てたように眉を寄せた。
足音を立てずにカイダル様がベッドに近づき、静かな声を出した。
「二人とも、少し落ち着け。まず大声を出すな。妃殿下が余計怯える」
動揺していたお二人が、ハッとしてシーツにくるまったミサキ様に視線を向ける。
ぐっと奥歯を噛みしめるような表情で、魔王様が一歩後ろに下がった。そっと、声を落としてミサキ様に話し掛ける。
「ミサキ、聞こえるか?俺がわかるか?」
ぶるぶると震えているミサキ様の耳には届かないのか、ベッドの傍にしゃがんだ魔王様がため息を零した。
ジフジ様も、どうしていいのかわからないという顔でカイダル様を見上げている。
「……っ、やだ、こわい……もういや」
か細い声に胸が痛くなった。どれだけの恐怖を味わわれたのか。
「ミサキ、聞きたくないならそれでもいい。だが、それでもこれだけは伝えるぞ。
ユーティリアが、ありがとうと言っていた。救ってくれたお前に、感謝していると」
「シュヴァンダル、そんなこと今伝えても……」
困惑したようなカイダル様に、魔王様が首を振った。
「俺はミサキを信じる。こんなことで壊れたりしない。今は、立ち止まっているだけだ」
力強い言葉に、ジフジ様が弾かれたように顔を上げた。じっと、ベッドに視線を向ける。
「そうだね。ミサキは、あたしが見込んだ女なんだ。きっと立ち直るね。
ミサキ、またあんたに会えて嬉しいよ。怖い思いをさせて悪かった。不甲斐ないあたしを、許してくれるかい?また、友達として過ごしてくれるかい?」
涙混じりの声に、シーツの塊がピクリと反応した。いつの間にか、泣き叫んでいた声は止まっていた。
じっと動かないその姿に、それでも魔王様とジフジ様が声を掛け続ける。
「あんたと話したいことが、まだまだたくさんあるよ。あんたの料理だって、また食べたい。一緒に風呂にも入ろう。また、背中を洗ってやるから」
「ジフジ、それは二度と許さん。一緒に湯浴みまでだ」
「何だい、陛下。ヤキモチかい?嫉妬深い男は嫌われるよ」
からかうようなジフジ様の声に被せて、ほんの微かな笑い声が響いた。
バッと全員の視線がベッドに向く。
そろそろと、シーツの端から黒い瞳が覗いていた。泣き続けて真っ赤に腫れた瞼が痛々しいけど、それでも、真っ直ぐにこちらを見ている艶めく瞳に安心した。
「……ジフジ、ちゃん」
飛び上がりそうに立ち上がって、ジフジ様がミサキ様の手に触れようとして、ハッと動きを止める。恐る恐る、といった感じで魔王様を振り返る。
がっくりと肩を落としている魔王様の背中を、慰めるようにカイダル様が叩いていた。
真っ先に名を呼ばれたのがジフジ様で寂しかったんだろうな。
「ごめん、陛下に譲るよ」
バツの悪そうな顔で、ジフジ様が頬を掻きながら後ろに下がった。
ゆっくりと立ち上がり、魔王様がミサキ様に近づく。
「ミサキ、俺がわかるか?手に触れても平気か?」
「……シュ、ヴァンダル……」
消え入りそうな声で、それでもはっきりと聞こえた魔王様の名前にほっと息を吐いた。
ミサキ様の手を握ろうとして、躊躇ったように魔王様が眉を下げた。じっとミサキ様の様子を窺っている。
「いや、まだ触れない方がいいか。ジフジと風呂で汗を流すといい」
そう言って離れようとした魔王様に、細く白い手が伸ばされた。震えて、上手く魔王様の袖を掴めず空振りした手が、パタリとベッドの上に落ちる。
「……行かないで……独りに、しないで」
驚いて目を剥いた魔王様に、シーツからもぞもぞと顔を出したミサキ様が黒い瞳を向けた。
「お願い、傍にいて……シュヴァンダル、あたし、悪夢を忘れたい……」
戸惑いながらミサキ様の手を見つめていた魔王様が、堪えきれないようにか細い体を胸に抱き寄せた。




