47.カフカは癒し
寝室の扉に隠蔽魔法をかけた後、とぼとぼと誰もいない廊下を歩く。
ミサキ様に戻って来てほしい。
けれどそれは、ユーティリア様の消滅を意味している。
ユーティリア・ヴィ・エバーレンチェル様は、僕の想像とは全然違う方だった。人族で冷遇されて生に絶望していたという話だったから、もっと弱々しい、内気な姫君だと思っていたんだ。
年中発情期を起こしているような、欲望を抑えられない人族は、王侯貴族として権力を持つほど子の数が増えていく。ユーティリア様はエバー王国の第十二王女だけど、その下にも十人は王子王女がいるという。
五年前の戦争の時に垣間見たエバー王国王は気弱そうな印象で、助力を願った魔王様にも終始怯えていた。そんな男でも性欲には勝てないのか、エバー王国の王城の奥深くに大きな後宮を抱え、何十人もの妃を住まわせていた。
ユーティリア様は正室腹ではないし、隠されて幽閉されるように育てられた方だけど、王の血筋であることはたしかだ。あの毅然とした態度は、国王などよりよほど、王族らしい気高さだった。
もうすぐ消えてしまわれるユーティリア様のことを、つい考えてしまって泣きそうになる自分が情けなくて、最上階にいたくなかった。階段を、力のない足取りで降りる。
執務室にお茶を運ぶカフカとすれ違う。通り過ぎたカフカが、立ち止まってこちらへ向かって来た。
「リカル、どうした?顔色悪いぞ」
はちみつ色の大きな瞳をくるっと動かして、首を傾げている。
「大丈夫。お茶、持って行けよ。こぼすなよ」
「けど……魔王陛下と妃殿下のお傍にいなくていいのか?」
「今は、お二人で過ごされてるから……」
カフカの肩に両手を置いて、くるっと後ろを向かせた。今の顔を見られたくない。
「ほら、仕事に戻れ。転ぶなよ」
「転ばないよ!」
ムッとしたように叫んでカフカが廊下を駆けて行った。あぁ、やっぱり躓いたじゃないか。
呆れたように笑っていると、後ろから声を掛けられた。
「リカル。なんでこんなところにいる?」
振り返ると、どこか満足げなお顔でジフジ様が立っていた。隣にピタリと、カイダル様もついている。
「ジフジ様……」
「妃殿下はどうした?何故お前が降りてきているんだ?」
「お二人は、寝室に……」
こんなところで詳細なことなど話せない。
表情が崩れてしまった僕をじっと見て、ジフジ様がカイダル様に視線を向けた。
「客室、リカルを入れてもいいかい?」
「構わんが。何だ?何か内緒話か?」
「リカルの顔色が悪い。珍しい。落ち着いて話を聞ける部屋に連れて行きたい」
わかったと頷いて、カイダル様がジフジ様の手を取って歩き出した。
俯かないように気をつけながら、僕もその後を追った。
魔王城に宿泊される時に使う客室の扉を、カイダル様が豪快に開けた。あぁ、壊さないでくださいね……。
ちょっと現実逃避的に遠い目をした僕を、ジフジ様が苦笑して招き入れてくれる。
部屋の中央に大きな天蓋つきのベッドが置いてあり、その横にあるソファに座らされた。僕は侍従だからと固辞したんだけど、今は私的な時間だと押し切られてしまった。
カイダル様がお茶を淹れてくださった。恐れ多すぎる。
「それで、何があったんだい?」
向かいの一人掛けソファに腰を下ろしたジフジ様が、ゆったりと長い足を組んだ。そのソファの肘掛けに、カイダル様も浅く座る。
深く息を吸って、一度吐き出しお二人に視線を向けた。
「陛下が、妃殿下とともに寝室に入られました」
あ、伝え方を間違った。お二人の目が同時に見開かれる。
「それは、ユーティリア様と、ってことかい?」
あぁ、ジフジ様の後ろに殺気と怒りの炎が立ち上ったような気がする。
慌てて首を横に振った。
「いえっ、あの!間違えました。ミサキ様のお目覚めを促すためですっ」
「はっ?」
「その、お二人の魔力で、ユーティリア様の奥に眠られるミサキ様を起こすとの仰せで」
僕の説明に、安心したようにジフジ様が微笑んだ。
「何だ、脅かすんじゃないよ。じゃあ、何も心配いらないじゃないか」
ホッとして零された言葉に、僕は俯いた。
「ですが、それで……ユーティリア様は、消えてしまわれます」
紅茶を飲んでいたジフジ様の動きが止まる。下を向く僕のつむじに、刺すような視線が飛んで来るのがわかった。




