46.魔王様とユーティリア様の覚悟
きつく目を閉じ、腕を組んで天井を睨み、立ち上がってはまた座り、その間にユーティリア様を窺い見る魔王様の姿を、当のユーティリア様は悠然と紅茶を飲みながら眺めている。
カチャリ、とカップをソーサーに戻し、ユーティリア様が立ち上がった魔王様を見上げた。
「お覚悟は、決まりまして?」
「……しかしっ、お前はそれでいいのか!?」
魔王様の悲鳴のような問いかけに、ふふっと笑いを漏らしてユーティリア様が答える。
「わたくし、嫁ぐ覚悟を持って参りましたのよ?ですけど、陛下がミサキ様との愛ある初夜をお迎えになりたいご様子なので、口づけだけで何とかしようというお話ですわ」
それに、とユーティリア様が静かに続けた。
「わたくしは、消えることこそが望みですの。最後の魔力でミサキ様を無事に起こし、わたくし自身は消滅できるのでしたら、ここで刹那の間出会っただけの殿方と唇を重ねることくらい、大したことではありませんわ」
ユーティリア様の言葉に魔王様の視線が鋭くなった。
「口づけ一つ、些細なこと、か」
「ええ。ミサキ様を目覚めさせることこそ、重要でございましょう?」
ただ、とユーティリア様が面白そうに微笑んだ。
「口づけの最中にミサキ様が目覚められて、わたくしが消えてしまったなら、お叱りを受けるお覚悟はお決めになって」
あー……ミサキ様ならあり得るな。
「……ミサキは、ここに留まっていいのか悩んでいた。目覚めた後でお前が消えたことを知ったなら、また自分を責めるかもしれん」
あら、と笑ってユーティリア様が口を開く。
「それこそ些細なことですわ。わたくし自身の望みなんですもの。陛下がその愛で蕩かせて差し上げたらよろしいでしょう?自信がありませんの?」
魔王様にこんなに挑戦的な言葉を投げる女性を初めて見た。いや、ミサキ様もそういうところがあったけど、何て言うか、ミサキ様は母親のような包容力があったからな。
隠されながらも一国の王女として育てられた方との違いだろうか。
ふうーっと大きく息を吐き出して、魔王様が僕に視線を向けた。
「リカル。今夜はユーティリアと寝室に籠る。くっ、口づけで魔力を流し込んで、ミサキの目覚めを促す。誰も近づけるな」
どうして一瞬どもったんですか……。
ため息を堪えて深く頭を下げた。
「御意」
「リカル」
お妃様の声で、ユーティリア様が僕の名前を呼んだ。
「はい」
「親身に世話をしてくれて、ありがとう。もうお会いできないと思うけれど、ジフジ様とカイダル様にもお伝えしてくれる?人生の最期に、幸せな時間を過ごさせていただいたわ」
泣き出したくなるのを我慢して、ユーティリア様に向かって深く深く頭を下げた。
お二人を寝室へと先導する。
魔王様のエスコートでユーティリア様と廊下を歩く間、お二人は無言だった。
最上階には先日の襲撃以来、厳戒態勢が敷かれ続けており、誰の気配もない。
私室の隣の寝室の扉になど、すぐにたどり着いてしまう。もうすぐ、ユーティリア様とはお別れなんだな。いや、首尾よくミサキ様が目覚めるとは限らない。期待しすぎないようにしないと。
扉を開き、明かりを灯す。
薄暗かった室内が、パッと光に照らされた。
緊張したような顔で、魔王様がユーティリア様の手を取ったままベッドへ向かわれる。
「私はここまでで退室致します。防音魔法と隠蔽魔法をかけて参りますので、ご用の際は魔法を解いてください」
ベッドにユーティリア様を座らせて落ち着きなく視線を彷徨わせる魔王様に告げた。
「妃殿下、いえ、ユーティリア・ヴィ・エバーレンチェル様。貴方様のお望みが首尾よく叶いますように、お祈り致しております」
花が綻ぶように笑顔を見せてくれたユーティリア様を見て、胸が切なくなった。けれど、これがご本人の願いなんだ。すべてに絶望していたのに、最後の力で、ミサキ様を魔王様の元に返してくださる。
最敬礼を残し、僕は黙って寝室を出てから扉を閉めた。
涙が零れそうだった。




