42.ミサキ様は還るのか
治癒魔法をかけられたユーティリア様が、うとうととし始めたことに気づき、そっと掛け布を肩まで引き上げた。
「治療はひとまず終了致しました。魔王陛下へ報告したいのですが、執務室でしょうか」
治療師の言葉に、ジフジ様が答えた。
「いや、報告はあたしから上げておく。妃殿下の容態が急変した時のために、隣の部屋に詰めててくれ」
「かしこまりました。いつでもお呼びください」
一礼して、治療師が私室を出て行った。
案内のためにカフカも出て行き、部屋には僕たちだけが残る。
「陛下とカイダル様は、遅く戻られるでしょうか」
「そうだろうね。小娘はどうだか知らないけど、サヴィーナ老はしぶといだろう。今回のことも、簡単には認めないさ」
静かな声に怒りが滲んでいるようで、有翼族の行く末は暗いだろうことを感じさせた。
話題を変えるように、顔を上げた。
「お食事をお持ち致しますか?」
厨房では、いつでも魔王様たちにお出しできるように準備が整っている。ジフジ様だけでも、召し上がるだろうか。
「いや、食べてる場合じゃ……あぁ、でも、何かあればすぐに動けるように力を溜めておかないといけないね。妃殿下は……無理そうだねぇ」
悲しそうに呟いたジフジ様の視線を追う。
ベッドの上で眠りについたユーティリア様は、見知ったお妃様の姿をしているのにまったく違う人で、でも優しそうな雰囲気は同じだった。
その夜、眠るユーティリア様は魘されて高熱を出した。
治療師によれば、傷を治そうと体が反応しているそうで、この熱が下がれば峠を越えるとのことだった。
心配でたまらないという顔をして、ジフジ様が傍についておろおろしている。
魔王様にも報せを走らせた。けれど、苦しむお妃様の顔を見たくないのか、有翼族のしぶとさに怒りが爆発していたのか。
私室へ来られたのは深夜も過ぎた頃だった。
ジフジ様をカイダル様とともに客室へ追い払い、ベッドの横に椅子を持って来て座り込み、そっと手を握っている。今夜はこのままここで寝るとの仰せで、ベッドをもう一つ運ばせようとしたんだけど、ソファでいいと言われた。
心を落ち着けるためにとブランデーを持って私室に戻ると、魔王様がお妃様にそっと口づけていた。
気配を消して、呼ばれるまで扉の外で控えることにした。
しばらく待ったけれど、どうしても気になる。ドキドキしながら、つい扉を細く細く開けて中を覗いてしまった。魔王様の口づけで、ミサキ様が戻って来てくれないかと期待したせいもある。いやでも、今はユーティリア様のはずで、もし目を覚ましたらどうなってしまうんだろうか。
優しく髪を撫で、壊れ物を扱うようにそっと頬に触れ、ゆっくりと唇を重ねている。
「……ミサキ、戻って来い……俺は、もうお前を手放せんかもしれん」
零れた言葉は切なそうな声で、ユーティリア様の中に眠るというミサキ様に必死に呼びかけているようだった。
たっぷりと時間が経った後、室内から声が掛けられた。
「リカル、酒はあるか」
「っは、はい、ただいま!」
声がひっくり返るところだった。危ない。
そっと扉を開き、足音を立てないように室内に入る。
魔王様の座る椅子の横に置いたテーブルに、ブランデーのボトルとグラスを置く。
注がれた酒を一息に呷り、魔王様が息を吐いた。
「リカル」
不意に呼ばれて顔を上げた。
「はい」
「カイダルと禁書庫で調べていた時に、魂を交換した者が帰還しようと研究していた文献を見つけた」
ヒュッと息を吸い込んだ。それはつまり、ミサキ様がここからいなくなってしまう可能性があるという話だ。
「だが、生涯をかけたその研究でも、方法は見つからなかったそうだ」
「それ、は……」
「その者を呼び寄せた魂は、魔力をすべて使い果たし、恐らくこの世から消滅したのだろうと結論づけられていた。しかし、ユーティリアはまだ存在している。何故なのか、今後二人がどうなるのか、わからんことだらけだ」
再びぐいっとブランデーを飲み干し、魔王様がグラスを差し出した。お代わりを注ぐ。
「識者に尋ねるわけにもいかん。今の王妃の状況を明かすことになるからな」
「はい」
僕は、ミサキ様にここにいてほしい。ジフジ様だってそう仰せだった。でも……。
「このままミサキは眠ったままなのか。ユーティリアがここで生き続けるのか。俺は耐えられんかもしれん」
漏らされた言葉は、魔王様がようやく自覚したミサキ様への想いなのだろう。
「だから、何としてもミサキを起こしてみせる」
苦しそうな声で、それでも毅然と魔王様は決意を告げた。




