4.朝食の準備は完璧に
この一週間、お妃様は寝室でお食事をされていた。
さすがに、今のような言動の彼女を大勢の使用人たちがいる食堂には出せない。皆の聞いているところで、自分はユーティリアではないなどと言われては、人族との戦争になるかもしれなかった。
いや、戦争は構わない。どうせ、我が国が圧勝する。けど、やっと魔王様に花嫁が来てくれたというのに台無しにするのは避けたかった。
幸いと言っていいのか、魔族の伴侶としてのお披露目は蜜月の後だ。まだ猶予がある。
魔王様がまだ蜜月を迎えられていないのは文官たちにバレているけど、人族の体は脆弱だから、今は魔王様の魔力に馴染ませているところだと言い訳している。
本当の蜜月を迎えられるように、魔王様には何とか頑張っていただきたい。
本来ならば夫婦で使うはずの寝室の扉を、三回叩いた。
「王妃殿下、リカルでございます。失礼致します」
中から返事は貰えないから、声だけ掛けて扉を開ける。
メイドたちに着替えさせられたお妃様は、ぼんやりとした表情でベッドに腰掛けていた。
「今日もお食事をこちらの部屋に運ばせますが、今日よりは魔王陛下とともにお召し上がりください」
僕の声が聞こえているのかいないのか、何の反応もしてくださらない。どうしようかな。
焦れたのか、魔王様が足音高くベッドへ近づいていった。その後を、慌てて追う。
「おい、ユーティリア」
「……」
「聞こえていないのか?人族というものは、声掛けに返事も返さないのが礼儀なのか」
ようやく、お妃様の瞳が魔王様に向けられた。黒々と濡れて艶めく瞳に、魔王様の後ろから見ていた僕も胸が高鳴った。やはり、お美しい方だな。
焦点を合わせるようにゆっくりと、魔王様の輪郭を確かめるように視線が下から上へ上がっていく。
魔王様の顔を認めた瞬間、驚愕したようにその瞳が見開かれた。
「……っ、あんたっ!」
「夫に対してご挨拶だな」
「お、夫って」
壁際に控えているメイドたちを部屋から下がらせて、朝食を運ばせるためにカフカを厨房へ走らせた。
主君夫婦のやり取りに注意しながら、寝室の中央に食事用のテーブルと椅子を並べる。
クロスは染み一つない白のレース、椅子には心地のよいクッションを敷き、テーブルの真ん中に真っ赤な薔薇の一輪挿し。うん、我ながら完璧。
後は食事と一緒に運ばれてくるカトラリーを並べて、ワインを注ぐだけだ。
ベッドを振り返った。無言で睨み合っている二人の姿が目に入って、眉が下がる。
コホン、と軽く咳払いして、主君夫婦に声を掛けた。
「陛下、妃殿下、間もなく朝食が運ばれて参ります。どうぞ、こちらへ」
僕の言葉に弾かれたように振り返り、魔王様が頭をポリポリと掻いた後、お妃様に視線を戻して手の平を差し出した。
「……?」
「さっさとしろ」
「何を?」
首を傾げ、警戒したように魔王様の顔と手を交互に見ているお妃様に、違和感が浮かんだ。普通にエスコートだと思うんだけど、どうしてあんなにきょとんとしているんだ?
動かない二人にそっと歩み寄る。
「恐れながら、王妃殿下。食卓までのエスコートを陛下が申し出ておられます。どうぞ、お手をお取りになってください」
初めて僕がいることに気づいたように、お妃様の瞳が魔王様からこちらへ向いた。
「リカちゃん……?」
「どうぞ、リカルとお呼びください」
「……」
あ、お妃様の表情が曇った。魔王様に確認するような視線を向ける。
「陛下、どうなさいますか?お許しになられます?」
むっつりと押し黙ったまましばらく考えて、魔王様が渋々といった様子で頷いた。
「仕方あるまい。その方が、これが落ち着くのならば構わん」
「では、そのように。
妃殿下、リカちゃん、とお呼びいただいても結構でございます。さあ、陛下のエスコートを受けてください」
廊下の方から、食事の乗ったワゴンが運ばれてくる音が聞こえてきている。いつまでも、ベッドに座ったままでいられても困るんだ。
迷ったように僕と魔王様を見つめて、お妃様はようやく、魔王様の手の平に自分の手をおずおずと乗せて立ち上がった。




