39.お妃様の安否
バタンと大きな音を立てて、大会議室の扉が開かれた。
崩れ始めた柱に気を取られていた重臣たちが、扉を振り返る。
御前会議の最中にそんな無礼を働く者などこれまでいなかったから、室内の全員が驚いたように視線を向けている。
息を切らして駆け込んできたのは、サヴィーナ老の屋敷に向かわせた使者の一人と護衛のための武官だった。顔色が、青を通り越して土気色をしている。
「何事だ」
魔王様が低く問いかけた。
「もっ、申し上げますっ!」
使者の声が裏返った。
「魔王陛下の招集状をハミリア・サヴィーナ嬢の元へお届け致しましたところ、抵抗され屋敷に結界を張られました!」
ざわり、と大会議室の空気が揺れた。
片眉を上げた魔王様が、冷たい瞳でサヴィーナ老を見下ろす。
「ほう……。ゼガンダ・サヴィーナ。どういうことだ。これは、謀反か?」
「そんな馬鹿な……ハミリア、何を……」
呆然とした様子のサヴィーナ老から、魔王様が視線を使者に戻した。
「現状はどうなっている」
「はっ!もう一人共に参りました武官が見張っておりますが、それよりも……っ」
「何だ」
言い淀む使者を魔王様が急かす。
「その……サヴィーナ老の屋敷にその……人族のものと思われる気配がありましてっ」
「っ!」
今このセレスリーアで、人族はお妃様しかいない。
「ふざけるな!そんなはずはなかろう!」
真っ赤な顔をして叫ぶサヴィーナ老に、魔王様がチラリと目を向けた。
「サヴィーナ、そんなはずがないというのは?」
ハッとしたように、サヴィーナ老が顔色を戻して魔王様に向かって頭を下げた。
「陛下、申し訳ないが儂は屋敷に戻らせていただきますぞ。娘が何を思って屋敷を封じたかはわからぬが、下賤な人族など我が屋敷にいるはずがないのです。そのようなこと、儂は許した覚えはない!」
「戻ることは許さん。お前はこの城内に留まることを命じる。
残してきた武官は一人だな?カイダルを行かせる。お前はともにサヴィーナの屋敷に戻り、カイダルに穴を空けさせた結界から中に入り調査しろ」
サヴィーナ老から使者に目を向けて、魔王様が冷酷な声で命じた。
後ろに立つカイダル様が殺気立っているのが、扉近くのここからでもわかる。
「カイダル、いいか。ユーティリアの保護が最優先だ。有翼族などどれだけ蹴散らしても構わん。だが、殺すな。尋問の必要があるからな。それと、ユーティリアを見つけるために、あの手枷を持って行け」
「御意」
いつものご友人としての態度ではなく、公の場として振る舞うカイダル様は、きっちりと踵を合わせて魔王様に敬礼した後、大股で扉へと歩いてきた。
使者を伴って大会議室を出ようとされたところへ、不敬を承知で声を掛ける。
「カイダル様!どうか、どうかっ、妃殿下をお願い致します……!」
歩きかけていたカイダル様が、動きを止めて僕に向き直った。ぽん、と大きな手が頭に置かれる。
「心配するな。妃殿下は陛下の大切な方であり、ジフジの大事な友人でもある。必ず見つけて連れ帰る」
きっぱりと告げられた言葉と笑顔に安心して、走り去る背中に向かって深々と頭を下げた。
騒然とする大会議室で、アイルーン様が必死に静まるように訴えている。
サヴィーナ老は力が抜けたように椅子に座り込み、両脇に魔王様に命じられた武官二人が逃げ出さないように立っていた。
「それで、お前たちの中にこの騒ぎに関わっている者はいるのか?」
魔王様から掛けられた低い声に、ざわめいていた重臣たちがピタリと発言を止めた。アイルーン様の制止の声は聞こえていなかったみたいなのに、魔王様の声には反応できるんだな。
誰も何も答えなかった。
「アイルーン。お前の見解は?」
問われたアイルーン様が、姿勢を正す。
「はっ。近年、有翼派閥の横暴は目に余るものがあるとの報告もございます。ですが、この場にいる者が派閥に与しているか、セレスリーア中にどれだけ根を張っているか、確とはわかりません。調査のお時間をいただきたく思います」
アイルーン様の回答に頷き、魔王様が立ち上がった。
「今日の会議は解散とするが、王妃の安否がわかるまで、この場にいる者はすべて、城に留まるように。勝手に出て行こうとすれば、謀反人として処分する」
ヒュッと誰かが息を吸い込む音が響いた。
それを無視して魔王様が大会議室を出て行く後ろを、室内に頭を下げてから僕も追った。崩れた柱の修繕を、職人たちに指示しなくては。
入れ替わるように、魔王様の命令を遂行するための文官や武官たちが入って行った。重臣たちを、それぞれの部屋に見張り付きで案内していくだろう。




