38.サヴィーナ老の目論見
魔王様の空気に気づいているのかいないのか、サヴィーナ老が朗々と話し続けている。
「そもそも、人族の娘など迎えるのは反対じゃった。我が娘を始め、王妃となるにふさわしい血筋の正しい娘がセレスリーアにもいるというのに、何故わざわざ、下賤な者を迎え入れる必要があったのか」
立ち上がって熱弁するサヴィーナ老に、熱い視線を向けている者が何人かいるな。
「しかも、初夜に上手くお勤めを果たせず、その後蜜月を迎えられもしない。偉大なるセレスリーアの魔王陛下に対して、重大な侮辱である。人族の国を攻め滅ぼしても構わぬほどの暴挙じゃ」
どこから漏れた!?
蜜月を迎えていないことはまだしも、初夜すら終えていないことなど、何故サヴィーナ老が知っているんだ?
同じ疑問を持ったのか、魔王様の眉間にも皺が寄っている。
「初夜を迎えておられない?サヴィーナ老、それは真ですかっ」
「何と不遜な……人族の娘ごときが……」
「やはり、魔族から王妃殿下をお迎えするべきだったのでは」
よくない方向に白熱しだしたな。
アイルーン様がぱんっと手を打ち鳴らした。
「静粛に。そのことについては、総務にも報告が来ております。
王妃殿下は人族のお方。魔王陛下の高すぎる魔力にその御身が壊れてはならぬと、今は馴染ませている最中なのです。これも、この御前会議でお知らせする予定でした」
さすがアイルーン様だな。そんな予定はいっさいなかったのに。
納得したように頷く者がいる中で、他の誰かからさらに声が上がる。
「そんな手間を掛ける必要があるのですか?魔族の娘から王妃殿下を迎えれば、すぐにも蜜月を過ごし、お披露目も時を置かずできたでしょうに」
これは、エバー王国から王妃を迎えると決める時の会議でも、散々出た話題だ。
サヴィーナ老に追随するような発言をしていた者たちが、そうだというように頷いている。
ふふんと鼻を鳴らして、サヴィーナ老が魔王様を見据えた。
「陛下。今からでも遅くはございませんぞ。無能な人族など国に返して、我が娘でも、他の高位魔族からでも血統の正しい王妃を迎えられませ」
あぁ、柱のヒビが大きくなってきている。何故誰も気づかないのかな。いや、カイダル様は悟っておいでか。
得意げに話し終えたサヴィーナ老を見やって、魔王様がようやく口を開いた。
「話は終わりか?」
「そうですな。年寄りの正論など耳に痛いでしょうが、お聞き入れいただけるのならば、儂もこれ以上申しますまい」
つまり、ハミリア・サヴィーナ嬢を王妃に迎えろということか。やはり傲慢娘の親は傲慢爺だな。
満足げな顔で椅子に座り直したサヴィーナ老に、魔王様が冷ややかな視線を向ける。そこでようやく、魔王様が怒っていることに気づいたらしい。目を見張ったサヴィーナ老に、魔王様がゆっくりと問いかける。
「そのために、俺の王妃を拐かしたのか?」
魔王様の衝撃の一言に、重臣たちが目を剥いて一斉にサヴィーナ老を見た。
「はて。何のことですかな」
「お前が己の娘を俺の王妃にしたいのは理解した。それで、ユーティリアが邪魔だったか?」
首をひねってみせるサヴィーナ老に、さらに魔王様が問う。
「お前の娘たちも城に呼んであるが、そうか。そちらを尋問してもいいのだな?」
初めて、サヴィーナ老が慌てたように顔色を変えた。
「ハミリアを、呼んでいる……?」
御前会議への招集に応えるためにサヴィーナ老が屋敷を出たのを確認してから、令嬢たちへの招集状を届けたからな。知らないのは当然だった。
狼狽するサヴィーナ老を眺めながら、魔王様が肘掛けに乗せた手で頬杖をついた。
「ちなみに、ユーティリアを拐かした襲撃犯たちはすでに地下牢で虫の息だ。皆、有翼族だったが、長であるお前が知らないはずはないな?」
騒然とする会議室に、重苦しい空気が充満していく。
魔王城の地下牢。それは捕らえた敵を拷問するための場所だと誰もが知っている。それも、魔王様がすでに尋問を終えたということなら、捕まった有翼族の者に生きる明日は来ないからな。
顔を青くし、それでも毅然とした態度でサヴィーナ老が口を開いた。
「何を問われているのかわからんが、一族の者が仕出かしたことならば長の儂に責任がありますな。だが、何も知らない娘は屋敷に帰していただきたい」
この期に及んで、そんな言い訳が通ると思っているのか。
「お前が些細な小言と言い切った暴言は、俺も聞いている。極めて不愉快だった」
魔王様の不愉快という一言に、重臣たちが固まる。
天井近くからヒビが入っていた大会議室の柱の一部が崩れ、白い欠片が床に落ちてきた。




