33.拷問は、やるのもやられるのも苦痛
黒焦げになった守衛の男が床に崩れ落ちた。
辛うじて息はあるようだけど、意識を保っているかは怪しいな。
触れるのも穢らわしいという態度で、魔王様が消し炭寸前の男の体を持ち上げた。
そのまま床を引きずりながら、階段を降りる魔王様の後を追う。もう一人の守衛に、最上階へは決して誰も入れないように念を押した。交代の人員が来るまで頑張ってもらいたい。
引きずられる男の体が、段を降りるごとに跳ねるけど魔王様は止まらずに降りて行く。途中ですれ違った文官や使用人たちが、見てはいけないものを見てしまったように目を逸らす。
そう、見なかったことにした方が幸せなことも、この世にはあるんだ。
今の地位に就かれた魔王様に僕がお仕えするようになって、もうすぐ三十年が経つ。ちょうど百歳の成人の年にお仕えし始めたけど、こんなに静かに、感情を抑え込むように怒る魔王様を初めて見た。
階段を一階まで降りて、さらに地下へ向かっている。戦争の時に捕虜を拷問するための地下牢に行くようだ。僕も入ったことはない。
薄暗い地下に鉄格子が並んでいた。明かりは壁に焚かれた松明の火のみ。一番奥の牢まで守衛だった男を引きずった魔王様は、ゴミでも投げ捨てるように男の体を放り入れた。
「リカル、鉄格子を閉めろ。俺が許可するまで、誰も入れるな」
「ですが、お一人では……」
「お前には、刺激が強すぎると思うが」
こちらを向いた魔王様の瞳は、いつものように赤く煌めいていて、その静かさがこれからの波乱を暗示しているようで怖ろしかった。
「妃殿下のお傍を離れたのは、私の失態です。せめて、陛下のお手伝いをさせてください」
真っ直ぐに魔王様を見つめてそう告げると、一瞬大きく目を見張った後、魔王様は小さく笑った。
「カフカには言うなよ。泣きながら気絶するぞ」
魔王様の言葉にクスッと笑って、僕は頷いた。
ボキリ、と男の小指の骨が折られた。魔王様の動きは、少しも力を入れていないように見えるのに、どうしてあんなに簡単に折れるんだろう。
「……ぐ、う……っ」
一度魔法で全身の火傷を治癒された男が痛みを堪えるさまを面白くなさそうに見やって、魔王様が次の指に手を掛ける。
「それで、お前はいつから有翼族についた?」
「……」
男の指の骨を折りながら、魔王様が魔力を込めている。気絶してもおかしくないほどの苦痛のはずなのに、よく耐えているな。
「今回の襲撃に、お前は関与しているのか?」
尋ねながら、魔王様が馬乗りになった男の後頭部を手で押さえた。
「別に、素直に吐かないのなら、お前の記憶に直接聞いてもいいんだが」
そう言って魔王様の手の平に魔力が込められたのを感じたのか、男が小さく震えだす。
「……ぁ、やめ……」
「やめると思うか?お前たちは、俺の王妃を攫った。それも、この魔王城からだ。許されると思ったのか?」
「……王妃殿下、には、ハミリア様が……」
意識が朦朧としだしたらしい男が、うわ言のように呟いた。
思わず、といった感じに、魔王様が男の指を折った。あれは、つい力が入ったんだろうな。
「っ、ぐ……!」
「答えんでもいい。これは、情けない俺の八つ当たりだからな。尋問なら、カイダルが嬉々として行うだろうさ」
男の片方の手の指をすべて折った魔王様が、反対の手に指を掛けた。
「次は左手だ。それから、左足、右足と順に折ってやる。どこまで、意識を保っていられるだろうな」
「……ぁ、なぜ……」
男の言葉を拾った魔王様の眉が跳ね上がる。
「何故、だと?お前、誰に手を出したかわかっていないのか。披露目はまだとは言え、セレスリーアの王妃だぞ?」
心底わからないというように、男が首を振った。
「おう、ひでんか、には……はみり、あさまが、おなり、に……」
そこまで言って、力尽きたように男は意識を手放したようだ。
ふん、と吐き捨てて、魔王様が男の背から下りた。
「リカル、これは放っておいてもその内衰弱して死ぬだろうが、鉄格子の錠はしっかり閉めておけよ」
「御意」
「隣の牢は空いていたな?カイダルに次を譲る」
ジフジ様に抱きついていた男の尋問か。えっ、今からあのお二人の前に僕が告げに行くのか?ちょっと遠慮したい……。
「カイダルの尋問の間、お前はジフジの世話をしていろ。さすがに、気落ちしているジフジは見ていられん」
「御意」
少しホッとして、僕は深く頭を下げた。




