32.襲撃者の手口とカイダル様の逆鱗
ミシミシと襲撃者の背中が音を立てている。
怒りが収まらない様子のカイダル様が、無言で踏みつけている姿を見ながら魔王様がジフジ様に近づいた。
青い顔をして唇を噛んでいるジフジ様の手首に触れる。
漆黒の手枷が嵌められていた。禍々しいような魔力が込もっているのがここからでもわかる。
「ジフジ、何があった」
静かに問いかけられたのに、呼吸が止まるほどの圧迫感があった。
「っ、陛下、すまない……あたしに、油断があったんだっ」
きつく目を閉じたジフジ様の顎を掴んで、魔王様が上を向かせる。
「何があったかと、聞いている」
そろそろと目を開け、上から見下ろす魔王様に向かって泣きそうな顔をするジフジ様。
「リカルが戻ってくるまで、妃殿下とお茶をしてたんだ。いきなりだった。あの窓から、有翼族の奴らが飛んで入って来た」
ジフジ様の視線が向けられた大きな窓は、突然の襲撃を表すようにガラスが割られ、床中に破片が飛び散っていた。
「たった十人の有翼族なんて、あたしの相手じゃない。妃殿下にはソファに座ったままでいてもらって、すぐに制圧した。けど、妃殿下から一瞬でも目を離したのがいけなかった」
声が震えないように耐えているのか、ジフジ様が何度も唇を舐めながら話される。
「妃殿下の悲鳴が聞こえた時には、遅かった。別働隊がいたんだ。ソファに走ろうとしたあたしの後ろから、あいつが……魔封じの手枷をっ」
カイダル様に踏みつけられている男に、ジフジ様は忌々しそうな瞳を向けた。
「魔法が使えなくたって、腕力で叩きのめすつもりだったのにっ、あの男が……自分の魔力をあたしの中に手枷から流し込んできて……っ」
鳥肌が立ったというように己の腕をさすって、ジフジ様が続ける。
「気持ち悪さに動けなくなったところで、有翼族の奴らに遅れて入って来た男たちが、妃殿下を抱え上げて窓から……っ、すまない」
ジフジ様はきつく眉間に皺を寄せて、再び目を閉じた。
深く息を吐いて、魔王様がジフジ様の顎から手を離す。額に手を当て、激情を抑えるように目を閉じた後で、カイダル様を見た。
「カイダル、いつまでやってる」
「……俺のジフジに無断で触れた。許すと思うのか?」
あまりの冷たい声に凍えてしまいそうだった。
「しかも、魔力を流しただと?ただ殺すだけでは飽き足らん。死んだ方がマシだと、どうか殺してくれと懇願するまで甚振ってやる」
「その権利は当然お前にやる。だが、後にしろ」
疲れたように答える魔王様にチラリと目を向けて、カイダル様が床に転がる男を大きく蹴り上げた。
壊れた玩具のように男の体が宙を飛び、壁に激突して床に落ちた。
「リカル、これを使え。しっかり縛り上げて見張りをつけておけ」
魔王様が懐から取り出したのは、敵を捕らえるための魔縄だった。しかも、魔王様の魔力込み。セレスリーアでも滅多に使われることのない、絶対に逃がさない相手に使われるものだ。
床に転がった黒いフードの男と、倒れ伏す有翼族の襲撃者たちを順に縛り上げていく。
その間に、カイダル様がジフジ様の手枷を外そうと必死になっていた。
「何だ、これ。魔力で外れるんじゃないのか?」
「術者の魔力でしか外れないんだろう。あそこで、伸びてるがな」
「なら、力ずくで壊すか」
首をひねるカイダル様に、魔王様が「いや」と声を掛ける。
「まぁ待て。これは、まだ使えるかもしれん。ジフジには悪いが、しばらくつけておいてほしい」
眉を寄せたカイダル様に、ジフジ様が宥めるような瞳を向けた。
「あたしは構わないよ。こんな失態、恥ずかしくて外も歩けない。けど、陛下に何か考えがあるんなら、従うさ」
「あんな男の魔力をお前が纏っているのが気に入らん」
「カイダル、あたしのせいなんだから。妃殿下が無事に戻ってくるまで、陛下に従う」
ぐっと言葉に詰まったカイダル様が、手枷の嵌まったままのジフジ様をきつく抱き寄せた。
襲撃者たちを縛り終えた僕は、魔王様のお傍に歩み寄った。
「陛下」
お妃様が心配で、声が上手く出せない。
「何だ」
「最上階の守衛を任されていた者の一人が、有翼族の派閥に通じておりました」
「何だと!?」
ぐるんとこちらを向いた魔王様に向かって、深々と頭を下げた。
「もう一人の守衛に押さえさせておりますが、連れて参りますか」
「俺が行く」
すぐに私室を出かけて、思い直したように魔王様が後ろを振り返った。
「ジフジ、しばらくカイダルに介抱してもらえ。責任を感じるのなら、無事に戻ったあいつをまた、傍で元気づけてやれ」
それだけ言い置いて、魔王様は足早に私室から飛び出した。




