30.ジフジ様の懸念
食堂の扉を閉めて振り返った僕の目に、大股で歩み寄ってくる魔王様の姿が飛び込んできた。顔が怖い……。
ジフジ様のエスコートを受けていたお妃様の細い体を、ぐいっと魔王様が引き寄せて胸元に抱き込んだ。
「えっ、えっ?どうしたの?」
何が起きたかわからないといった声で、お妃様が視線をうろうろさせている。
手を離されたジフジ様が、苦笑してご自分の席に戻る。
お妃様の肩に頭を乗せ、はあーっと深く息を吐き出した魔王様が小さく呟いた。
「……無茶をするな」
零された声は震えているようで、お妃様が腕の中で目を見開いた。
「どうしたの?」
もう一度繰り返して宥めるように魔王様の背を撫でるお妃様に、魔王様がため息を漏らす。
「有翼族は、あれでも好戦的な一族だ。お前のようにか細い体など、簡単に引き裂く」
お妃様の無傷を確かめるように、魔王様が細い顎を指ですくって瞳を覗き込んだ。
「あの娘たちは、温室育ちで爪など鍛えていない。だから、お前に物理的な攻撃は仕掛けなかったが、他の有翼族がそうだとは限らない。頼むから、こんな無茶はもうするな」
真っ直ぐに見つめる魔王様の表情を見て、お妃様が眉を下げた。
「そうなのね。ごめんなさい。何だか、娘を見ているような気持ちになっちゃって」
がっくりと、魔王様の体から力が抜けた。
「まったくお前は……あれでも、お前より百年は年上だぞ」
「まぁ。魔族って、若見えなのねぇ」
お妃様、そうじゃないと思うんです……。
二人の会話に、ジフジ様が爆笑を堪えているように口元をひくひくさせていた。
嵐のような時間が過ぎ、食事も無事に終わって、魔王様とカイダル様は禁書庫へ戻って行かれた。
お妃様の私室で、女性二人のお茶会が始まる。
「あたしは、あんたの説教はいいと思ったんだけどねぇ」
紅茶を一口飲んで、ジフジ様が笑った。
困ったように眉を下げて、お妃様もカップを口に運ぶ。
「けど、あの人……シュ、シュヴァンダル、に心配かけちゃったわ」
どもったお妃様に、ジフジ様が悪戯っぽい瞳を向けた。
「まだ、名前を呼ぶのに照れるのかい?」
問われたお妃様が、両手で頬を押さえる。
「そりゃあ……」
「ふふっ。自分は大人だ、オバチャンだなんて言うくせに、初心だねぇ」
「やめて、からかわないで」
真っ赤になったお妃様が、弱く首を振った。
「けど、陛下の言う通りな部分もあるよ。有翼族は好戦的で執念深い」
真面目な口調になったジフジ様に、お妃様も姿勢を正す。
「また来るかしら」
「あのハミリアって娘はね、有翼族の長の娘なんだ。甘やかされて育った、劣等感の塊みたいな小娘さ」
「劣等感?」
首を傾げたお妃様に、ジフジ様が有翼族の美醜について説明する。
「それじゃあ、あの子は自分の容姿に自信がないのかしら」
「そうだね。だから、有翼族で力のある男じゃなく、陛下の王妃になりたいんだろ。そうすれば、一族を見返せる」
「あんなに綺麗な子が、そんな理由で……」
悲しげに表情を曇らせたお妃様の手に、ジフジ様の手が重ねられた。
「だからってね。あんたが同情して、心を寄せてやる必要はないんだよ。相手が反省して謝ってくるならともかく、今はあんたに対して敵意むき出しだ。気をつけな」
そして、ジフジ様の鋭い視線が僕にも向けられた。
「リカル、あんたもだ。ミサキを絶対、一人にするんじゃないよ」
「御意」
踵を合わせて直立不動の体勢をとって、ジフジ様に答えた。
お妃様の手を握ったまま、ジフジ様が呟く。
「しかし、あんなにひょいひょい最上階に入って来られるのはなんでだい?」
言われてみればそうだった。最上階の入口には見張りの武官がいるはずなのに、あの三人娘はしょっちゅうここまで上がって来る。
「調べてみます」
「頼んだよ。その間、あたしはミサキとここにいる」
頭を下げて、僕はお妃様の私室を出た。




