3.魔王様、お妃様との交流を決意
廊下に集まって来ていたメイドたちを室内に呼び入れ、とりあえずお妃様の着替えを指示した。
怒りが収まらない様子の魔王様をそっと促し、寝室を出る。
「陛下、まずは王妃殿下とともに朝食の時間に致しましょう。執務も溜まっているとカイダル様が仰せでした」
本当なら、この一週間は蜜月と言って、魔王様とお妃様はお二人で寝室に籠る予定だった。
蜜月の期間には個人差がある。結婚して初夜を終え、夫婦となった二人がどれだけ籠るかはその人によって違う。カイダル様とジフジ様なんて、一ヶ月も籠っておられた。
その分仕事は溜まるが、周囲が代わりに処理するので、どうしても魔王様の承認印が必要な書類以外は残っていない。
けれどこの一週間、お妃様に触れさせてもらえない魔王様は他に行く場所もなく、執務室に現れはするものの書類どころではなく、ただイライラと立ったり座ったりを繰り返しているから、文官たちも逃げ出してしまった。魔王様の仕事の大半を処理しなければならなくなったカイダル様も、呆れたようにため息を吐いていた。
「陛下も、お部屋でお召し替えなさってください。その乱れたお姿でお城の中を歩かれてはなりません」
じとっと睨まれ首を傾げる。何か、ご不興を買っただろうか。
「お前……いつの間に愛称など」
魔王様の呟きに、ああ、と頷いた。
「王妃殿下がセレスリーアへいらっしゃって、三日目の朝でした。『可愛い、お人形さんみたい』と仰せになられて」
「人形?」
「女児が、ままごと遊びなどに使う玩具の一種、とでも言えばよろしいでしょうか」
魔王様は先代様の一人息子だったし、周囲にも女児なんていない環境で育たれたからな。
成長されてから寄って来るのは、成熟した女魔族ばかりだったはずだし。
「まだ、玩具が必要な年か?」
今年で六百歳になられる魔王様には、いまいちピンと来ていないようだ。
「人族の年齢は、我ら魔族とは違うのでございましょう。お嫁に出されたからには、それなりに成長されているとは思いますが」
寝室の隣にある魔王様の私室へと歩きながら、僕なりに考えたことを伝える。
後ろからカフカもついて来ていた。
「まだ幼いから、俺を拒んでいるのか?」
魔王様の疑問には僕も首を傾げてしまう。
「どうでしょうか。仮にも王女であられるのですから、教育は受けておられるはずですが」
カフカが開けた扉から私室に入り、魔王様が破れかけた寝着のシャツを脱ぎ捨て、ズボンも脱いで床に投げた。
散らばった布を拾い集めるカフカを横目に、クローゼットから魔王様の日中着を取り出す。
「アレは……どう思う?」
開襟シャツを着せている僕に、魔王様が小さな声で尋ねられた。アレ?何のこと?
主君の気持ちを察せられないようでは、侍従として失格なんだけど、魔王様が何を聞いておられるのか一瞬わからなかった。
言葉に詰まった僕に、魔王様が再び尋ねる。
「あの、別の名を口にしていることだ。あと、年齢も」
「あぁ……」
えーっと。
自分の名前はカタギリミサキで、五十歳のシュフ、とか仰せだったな。シュフって何。いくら人族の年齢はわかりにくいと言っても、五十歳はないんじゃないかな。
「ユーティリア様としてのご記憶がないのか、そうだとしても全く別のお名前がどこから出てきたのか。ですが、お話を聞くにはもう少し、お心が落ち着かれませんと」
ズボンを穿いた魔王様のベルトを締めながら、そう告げた。魔王様の後ろに立って、カフカが乱れた髪を整えている。
そう、お妃様は今の状況に随分、困惑しておられるように見える。
「エバー王国に問い合わせるべきか?シュフというのは何のことだ?」
「私にもシュフというのはわかりかねますが……。
エバー王国が回答を持ち合わせていればよいですが、誤魔化す可能性もございます」
魔族の王相手に欺くような真似を、あの気弱そうな国王がするとも思えないけど。
着替えを終え、考えを振り払うように一度頭を振り、魔王様が諦めたように息を漏らした。
「まずは、ユーティリアと交流を図るか。面倒だな」
「同衾はされているのに、交流はされていなかったので?」
思わず尋ねた。お妃様に吹き飛ばされ続けて一週間だけど、触れ合いはなしかな。
「抱きしめて眠るだけだぞ?ずっと俺の魔力を流していたから、いい感じに馴染んできたようだが。今朝の魔法は反発が少なかったし、そろそろ会話できるかもな」
女性に不自由したことのない魔王様が、少女を抱きしめて眠るだけ……想像つかない。
「ですが……」
「何だ?」
私室を出ようとしていた魔王様が振り返る。
「陛下を見て、怯えて泣き出すような娘ではなくて、安心致しました」
にっこり笑って言ってみると、魔王様が赤い瞳を丸くした後で爆笑した。




