29.オカンの論破
お妃様の無言の圧に負けた。
扉の前から体をずらした僕の背中に、魔王様の視線が焼き焦がすように突き刺さっている。あまりの威圧に背中を汗が伝った。
いや、それなら魔王様が止めてくださいよ……っ!
動揺などしていないという顔を作りお妃様を通すために、細く開いていた扉を大きく開け放った。
騒いでいた三人娘と困り果てた護衛官の視線が、いっせいにこちらへ向く。
ゆったりと現れたお妃様の姿を見て、有翼族の三人の目が吊り上がった。
「貴方……!」
「あらあら。いつものお嬢さんたち。何のご用かしら?」
顎に指を当てて軽く首を傾げるお妃様を、真ん中に立つ令嬢が睨みつける。そのまま、お妃様に向かって一歩足を踏み出した。
「誰かと思えばぁ、下賤な人族の娘じゃありませんのぉ。貴方こそぉ、わたくしたちに何かご用ですのぉ?」
この、語尾を伸ばす話し方が苛つくんだよなぁ。
「いえね。この食堂では魔王陛下とカイダル様、ジフジ様がお食事をされているのよ。貴方たちは、その邪魔をしているのだけど、自覚はある?」
「はぁ!?」
「人族の娘ごときが、生意気なっ!」
長の娘の腰巾着がぎゃんぎゃん騒ぐ。本格的に耳を塞ぎたい。
けれど、お妃様は口元に薄っすらと笑みを浮かべたままで、言葉を続けた。
「ここは、魔王陛下の許可がないと立ち入ってはいけない場所なのでしょう?それじゃあ、今ここにいる貴方たちは、一体誰の許可を得てここにいるのかしらね?」
不思議そうに、お妃様が首を傾げただけで、三人娘の肩がビクンと跳ねる。まさか、お妃様に面と向かって正論を言われるとは思ってもみなかったんだろうか。
「それからね、そこの貴方!」
ビシリと指差された真ん中の娘が目を丸くした。
「せっかく綺麗な娘さんなのに、そんなに目を吊り上げてちゃあ、ダメじゃないの。勿体ないわ」
「な……っ」
有翼族は何よりもその翼の大きさで美を競う。翼が大きく立派であればあるほど、強く美しいとされ、顔や体の美醜は二の次だ。
有翼族を統べる長、サヴィーナ老の長女であるハミリア・サヴィーナ嬢は琥珀色の大きな瞳を持ち、緩くうねる桃色の髪を長く伸ばして背中を覆っている。魔族に好まれる暗い色彩を持たず、有翼族で誇れる大きな翼も持っていない。長く伸ばした髪を背中に流しているのは、小さな翼を隠すためだ。その劣等感と、サヴィーナ老の盛大な甘やかしによって、傲慢娘のリーダーとして振る舞っていると噂されていた。
だが、位の高さで魔王様の王妃になれると本気で思っており、周りにそうおだてられながら育ち成長した。
そうして出来上がったのが、今目の前にいる分をわきまえない令嬢だ。
お妃様に綺麗と言われて驚愕し、声もなく口をパクパクとさせている。
「それに、貴方たちも」
他の二人に視線を向けたお妃様はにっこりといつもの笑顔を浮かべた。
「お友達と仲良くするのはいいけど、ダメなことはダメって、ちゃんと教えてあげなくちゃいけないわよ。本人のためにならないわ」
「何を言ってますの!」
「そうですわっ!わたくしたちが、ハミリア様に意見するなんて……これだから、下賤な人族は」
「それ、今関係あるかしら?」
「「はっ!?」」
腰巾着の声が被った。
「種族とか、身分とか、関係ないでしょ?貴方たちはお友達じゃあないの?大切な友達なら、道を踏み外す前に教えてあげるのも友情だと思うわよ」
わなわなと震えだした二人から、お妃様の視線がハミリア嬢に向く。
「貴方もね。ここに突撃するのがいけないことだってくらい、わかってるわよね?もしかしたら、魔王陛下に罰されるかもしれないのに、お友達を巻き込んじゃダメじゃない」
優しく諭すようなお妃様の言葉に、食堂の中から吹き出す声が聞こえた。
振り返ったお妃様が、楽しそうに目を細める。
「あら、どうしたの?」
立ち上がったジフジ様が、扉に近づいてくるところだった。小さく拍手までしている。
「妃殿下の言う通りだな。友達を、危険なことに巻き込むなんて、そんなものは友情とは言えない」
隣に立ってお妃様の細い肩を抱き寄せながら、ジフジ様がじっと三人娘を見据えた。
ひっ、と情けない悲鳴を漏らして震え始める三人娘。あまりの怖さに涙目になってる。
「これ以上、あたしたちの食事の邪魔するってんなら、有翼族に正式に抗議するがいいんだな?」
悔しそうに唇を噛み締め、三人娘は震えながら深々と頭を下げてくるりと踵を返した。
一瞬振り向いて、ハミリア嬢がお妃様を睨みつけていたことには誰も気づいていなかった。




