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魔王様のお嫁様  作者: 紫月 京


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26.お妃様なりの落ち着き方


どこをどうして、どういう思考回路でそうなったのか、お妃様が憤然と私室の掃除を始めた。

メイドに箒を持ってこさせ、長い黒髪を一つに纏めて頭に布を被り、部屋中を掃いている。その目元が、少し腫れているように見える。

ソファに座ったまま、目を丸くしてお妃様の動きを見ていたジフジ様が、カフカに運ばせた果実水に視線を移した。そのまま、僕に銀灰色の瞳が向けられる。

そっと近寄り、ジフジ様の前に立つ。

「あれ、どういうことだい?」

顎でお妃様の方を指し首を傾げているけど、僕にもよくわからない。

「以前、体を動かすのが落ち着くと仰せでしたから、妃殿下なりのお気持ちの整え方なのかもしれません」

「掃除することがかい?」

「掃除でも、料理でも。以前は家中を整えるのがお仕事だったそうですから、動き回りながら脳内を整えておられるのではないでしょうか」

いや、僕にもはっきりとはわからないけど。

空になったグラスを向けられたので、果実水を注ぐ。ぐいっと飲み干したジフジ様は、うーん、と首を傾げた。

「まぁ、ミサキが落ち着くんならいいさ。カイダルたちはまだかかるだろうし、今日はここにいる。ミサキが移動する時は傍に付くよ」

「はい。おそらく、掃除の後は厨房に行かれると思います」

「厨房……」

ますます意味がわからないというように、ジフジ様が首をひねる。

「リカちゃん、窓を拭きたいんだけど、雑巾はないかしらっ」

窓際から飛んできた声に、ジフジ様と顔を見合わせた後、一礼してお妃様の方へ走った。

カーテンをすべて開き、広い窓を腕を組んで眺めているお妃様に声を掛ける。

「妃殿下、拭き掃除は水仕事ですので、陛下の許可がございません」

「あぁ、手が荒れるとか言ってたものねぇ。でも、汚れてるのが気になるのよ」

「僭越ながら、私が水魔法で汚れを落としましょうか?」

くるりと振り返ったお妃様は、先ほどまでの弱々しさなどどこにも感じさせない明るさで、にっこりと笑った。

「魔法って、便利ねぇ。お願いできる?」

「御意」

答えると同時に、窓に水魔法をかけて汚れを流し、床に落ちる前に風魔法で吹き飛ばした。

こんな魔法の使い方をしたことなんてなかったけど、目を丸くしたお妃様が頬を染めて喜ばれたからまぁいいか。

部屋の隅々まで磨き上げて満足したのか、お妃様が瞳を輝かせて両手を合わせた。

「じゃあ、キッチンに行きましょう」

キッチン?あぁ、厨房のことか。

「何か料理をされますか?」

箒を受け取りながら、尋ねてみた。

「お昼ご飯、作ろうと思って。あ、料理人さんのお邪魔になっちゃうかしら?」

「確認して参ります。それまでは、ジフジ様のお傍においでください」

ソファを指し示すと、お妃様は素直に頷いてジフジ様の隣に腰を下ろした。


私室を辞し、厨房へと駆けた。すでに昼食の準備は始まっているだろうけど、一品くらいならお妃様の手を入れる余地があるといい。

戦場のような厨房に入り、臨戦態勢の料理長の様子を確認する。声を掛けていいタイミングを図っていると、ちょうど鍋から手が離れた瞬間が訪れた。

「料理長、お忙しいところ申し訳ないですが、よろしいですか」

「おぉ、侍従どの。どうなされた」

火を扱っていたため汗だくの、恰幅の良い料理長にお妃様の意向を伝える。

「王妃殿下が、昼食を作りたいそうなのですが、献立に一品加える余裕はございますか」

僕の言葉に一瞬動きを止め、料理長が唸った。

「妃殿下の、あの不可思議な料理か」

そう、お妃様がお作りになる料理は見たことも聞いたこともないものだった。『調味料が足りない』と不満を漏らしながら、『ある物で代用するわ』と呟いて、唐揚げやトンカツといった、セレスリーアでは初めて見る料理をお作りになった。いや、食材が違うから厳密には違うそうだけど、そもそもの料理がわからないからその名前でいいんじゃないだろうか。

「まぁ、一品くらいなら」

「ありがとうございます。では、妃殿下をお連れします」

料理長に軽く頭を下げて、来た道を引き返し始めた。

その背中に、声が掛かる。

「そうだ、侍従どの」

「何でしょう?」

「妃殿下がこだわっておいでだった、ショーユ?に似た調味料を見つけた。料理に使えるか試していただきたい」

「わかりました。それもお伝えします」

瞳を輝かせるお妃様の表情を想像して、くすっと笑いが漏れた。



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