25.ジフジ様の激励
お妃様の介抱をするというジフジ様を私室に残して、魔王様とカイダル様は再び禁書庫へと向かわれた。
僕はカフカを呼んで、お妃様に果実水を運ばせる。今日も執務は無理そうだな。そろそろ、仕事を押し付けられている文官たちが発狂するかもしれない。財政官に特別手当の予算を組んでもらえるか、相談してみよう。
ソファで、まだぐったりとしているお妃様の手を、ジフジ様が優しく握っている。
「大丈夫かい?」
「……ジフジちゃん……まぞくって、すごいのねぇ」
とろんとした瞳で、お妃様が呟いた。
「陛下は魔族の中でも最強だ。凄いに決まってるさ。翻弄されたかい?」
ハッとしたように目を見開き、お妃様がガバリと身を起こす。
「そう!そうなのよ!あんなの、あたし初めてよっ」
「あんなの?」
聞き返されて我に返ったのか、途端に赤くなるお妃様。
「いえっ、そうね、そう。何も……何もないわよ!?」
「そんな真っ赤な顔してそんなこと言われてもねぇ」
クスクス笑うジフジ様に、お妃様が涙目を向けた。
「そんなに可愛く睨みつけたって、怖くも何ともないね」
よしよしとでも言うように、ジフジ様がお妃様の髪を撫でている。
「だけど、でも……ダメよ。あたしの中にユーティリアちゃんがいるって言うなら、なおさらよ……」
「陛下に惚れたかい?」
「っ!!」
瞳が零れ落ちそうなほど見開いて、弱く首を横に振るお妃様を、ジフジ様がじっと見つめている。
「だって……ダメでしょ?あたしは、ユーティリアちゃんじゃなくて……ここは、ユーティリアちゃんの居場所で……あたしだって、夫と子供が……」
「ミサキ。前にも言ったね?今この場所で、陛下と過ごしてるのはあんたなんだって。ユーティリア様じゃない」
視線を落として、お妃様は首を振り続けている。
「あたし……怖い」
「何が怖い?」
「ここに、ずっといたくなるのが、怖い……」
堪えきれなかったように頬へ零れた涙を、ジフジ様がそっと指で拭う。
「いたければ、いればいい。陛下も許すだろうさ」
「ダメよ……許されない」
「誰が許さない?」
「……」
ジフジ様が、お妃様の心の問題だと言っていた意味がわかるような気がした。お妃様は、きっとずっと、葛藤し続けているんだ。
セレスリーアで、魔王様の傍にいたい。けれど、ユーティリア様の体でそれは、許されないと思っている。
僕たちが、どれだけここにいていいと言ったって、お妃様が自分で納得されないといけないことなんだ。
静かに、ジフジ様が口を開いた。
「ユーティリア様は、逃げたんだ」
ハッとしてお妃様が勢いよく顔を上げた。
「ジフジちゃん……?」
「そうだろう?そりゃあ、国元で酷い扱いを受けていたのかもしれない。新天地に希望を見出すこともなく、もう生きていたくないと願って、あんたの魂を引き寄せた」
ふんと鼻を鳴らして、ジフジ様は続ける。
「人族にとって、あたしら魔族は恐ろしい嫌悪すべき対象なんだ。実際、ユーティリア様が魔族をどう思ってたかなんてわからない。会ってないからね。あたしたちが出会ったのは、あんたなんだよ、ミサキ」
厳しいことを言っているようでも、ジフジ様の声には優しさが滲んでいた。
「陛下の人となりを見もせずに、あたしたち魔族と関わりもせずに、ユーティリア様は逃げ出したんだ。あんたにすべて押し付けて。身勝手だよ」
お妃様の手を握るジフジ様の手に力が込もっていくようだ。折らないでくださいね……。
「そんなことないっ」
勢いよく頭を振って、お妃様が叫んだ。
「ミサキ?」
「あたし、あたしっ、会ったもの!ユーティリアちゃんに、会ったのよ」
「魂の入れ替えの時かい?」
ジフジ様の冷静な問いに、緩く首を縦に振るお妃様は、眉間に皺を刻んでいた。
「あんなに、何もかもを諦めたような、もうこれ以上生きていたくないような顔、見てるこっちが辛くなるくらいだった」
「何か言ってたかい?会話できた?」
「何も……」
悲しそうにお妃様が目を伏せた。
はあっ、と息を吐いて、ジフジ様がお妃様の細い体を抱き寄せた。
「っ、ジフジちゃん!?」
「あんたもユーティリア様も、我慢し過ぎだよ。もっと、自分の欲望に忠実に生きな」
ジフジ様の腕の中で、お妃様が目を丸くしている。口もぽかんと開いたままだ。
「陛下は、そんなに頼りないかい?あたしや、カイダルは?」
「……っ、頼りにしてるっ。貴方たちがいてくれて、あたしがどれだけ救われてるかっ」
「なら、信じな。あんたの望みを叶えようと、陛下だってあたしだって、カイダルもリカルも、ちゃんと力を尽くす。だから、願いは隠さずに、ちゃんと言うんだ」
そっと腕の拘束を解いて、ジフジ様がお妃様の頬を両手で包んで視線を上げさせた。
「泣きたい時は泣く。望みがあるならちゃんと口にする。我慢するな」
みるみる瞳に溜まった涙が、再びお妃様の頬を流れた。




