23.二人きりの部屋に
天馬のような速さで、魔王様が階段を駆け上がっていく。
鬼気迫るその表情に、廊下を歩いていた文官たちが目を丸くしている。
飛ぶように走る魔王様の後を、同じような速さでカイダル様も追いかけて行った。
禁書庫の扉を施錠した僕も、頑張って後を追うけど追いつけないな。
途中ですれ違ったカフカに、執務室への伝言を頼んだ。魔王様とカイダル様のあのご様子では、執務どころではない。魔王様の決裁印が必要な書類以外を、文官たちに処理してもらおう。
最上階にたどり着いて、最奥のお妃様の私室を目指す。
あぁ、魔王様の背中が遠い。
開け放たれた扉の傍で、護衛官が直立不動の体勢をとっていた。
ようやく私室の前まで着いた僕は、室内をチラリと覗き込んで、護衛官にこの場を離れるように伝える。
「ですが……」
「室内には、魔王陛下、カイダル様、ジフジ様がおられます。どんな襲撃があろうと、これ以上安全な場所はありませんから、貴方がたは今のうちに補給を。朝からずっと詰めておられるでしょう?」
本来護衛官は交代制なんだけど、お妃様の傍に侍る相手を魔王様が厳選しているからな。休憩は、できる時に取っておいてもらわないと。
一度室内に目を向けた後、護衛官が一礼して階下へ降りて行った。
私室の中央のソファで、お妃様はジフジ様と談笑されていたようだ。朝の掃除は終えられたのか。
壁際に控えるメイドたちも部屋から出して、扉をしっかりと閉める。
防音魔法をかけて、ようやく主君たちの会話を聞き取れる距離まで近づけた。
「怖い顔して、どうしたの?」
黒々と煌めく瞳を丸くして、お妃様が魔王様に尋ねる。
「……ミサキ、触れるぞ」
「えっ?」
お妃様の隣をジフジ様から奪い取って、魔王様が腰を下ろした。
ソファから追いやられたジフジ様が、苦笑してカイダル様の隣に立つ。
「何事だ?今日は、禁書庫にいるんじゃなかったのか?」
「調べてたんだが、気になることが出てきてな」
「気になること?」
首を傾げるジフジ様に、カイダル様が禁書庫でのことを小声で話す。このお二人の間には、隠し事とかないんだろうな。
「……ユーティリア様の魂?」
「入れ替わりと聞いて、てっきり妃殿下の元の世界に飛んだと思ってたんだが」
カイダル様の言葉に、お妃様の悲鳴が重なった。
「ユーティリアちゃんが、ここにいるのっ!?」
ソファを見ると、お妃様が自分の胸に両手を当てていた。体が震えているように見える。顔色も真っ青だ。
宥めるように、魔王様がその肩に手を置いている。
「はっきりとはわからん。だから、お前の体に触れて、お前の内側を探りたい」
「内側って……えっ、どうやって」
「お前には魔力は感じられないだろう。だから、俺が魔力を流してお前の中を探る」
その言葉を聞いて、ジフジ様がカイダル様と僕に目配せした。
「あんたたちも、部屋から出な」
「どういうことだ?」
「あぁ、カイダルもあれは不得手だったね。陛下が今からやろうとしていることの邪魔に、あたしたちはなるから、この部屋を出るんだ」
魔王様が今からやろうとしていること?
首を傾げた僕に、ソファから低い声が掛かった。
「リカル、しばらくこの部屋には誰も近づけるな。カイダルたちも、出て行ってくれ」
「えっ、ジフジちゃんも?」
途端に不安そうな声を漏らすお妃様に、ジフジ様が優しい声を掛ける。
「心配することはないさ、ミサキ。陛下に、すべて任せておきな」
軽く片目をつぶってみせたジフジ様に促されて、カイダル様とともに私室から廊下へと出た。
私室の扉を音が立たないように閉めると、ジフジ様がふっと小さく笑った。
「防音魔法はかけてあるね?そのまま、二人が出て来るまで維持しとくれ。ついでに、扉に隠蔽魔法もかけておくといい」
そう言われて、僕は扉に手を当てて自分の魔力を流した。誰からも見つからないように、隠蔽魔法も施す。
「それで、シュヴァンダルは一体何をしようって言うんだ?」
カイダル様の疑問に、ジフジ様は悪戯っぽく笑った。
「本当なら、体を繋げるのが一番効率がいいけど、今の二人には無理だろうねぇ」
「それって……」
「まぁ、だから。唇を重ねるのが精一杯じゃないかい」
肩を竦めて、ジフジ様が食堂の奥の談話室へと歩きだした。
えっ、それって……魔王様とお妃様が、そういうこと?




