22.大魔法師の文献
『こことは違う世界が、どこかに存在するという。
我々が生きるこの世界とは、そもそも理の異なる時空にあるという。
交わらないはずのこちらの世界とあちらの世界。
魔力も魔法もない代わりに、人々が知恵を絞って暮らしやすく創造された世界。
何故知っているか?遠い昔に、垣間見たからだ。
魔力を高め、魔法を極め、さらなる魔の高みに上るため、セレスリーアだけでなく人族の国々も含め、世界中を旅して回った。
そして、飲まず食わず眠らずただただ魔法の修行を積み続け、その意識を手放そうとした瞬間、目の前に広がったのは見たことのない不思議な世界であった』
魔王様が読み上げた本の冒頭部分は、大魔法師の旅について書かれていた。
物語本のような日記のようなその文章は、魔王様が魔力を込めるとその流れを変えていく。
『この世界で生きることに絶望した魂が、死ぬ間際の魔力を振り絞り、あちらの世界から共鳴する魂を呼び寄せることがある。
生きながら死んだような魂。
こちらの世界に何の未練もなく、ただ消えてしまいたいと願う魂。
そして、呼び寄せられるのはあちらで消滅寸前の魂。
我が長い生涯の中でも、滅多にお目にかかることのない不可思議な現象。
何故そんなことが可能なのか、研究を進めるが、思うようにいかない。
だが、たった一度だけ、魂を交換した者に出会った』
「これだ。ミサキとユーティリアの魂の入れ替えは、この原理で起こったことだろう」
魔王様の解説に、カイダル様が首をひねる。
「どちらも、死ぬ寸前だったということか?」
「ユーティリアは生に絶望していた。これまでの待遇やここへ送り込まれるまでの調査結果を考えれば、さもありなん」
「妃殿下は?」
カイダル様の言葉には、魔王様はすぐには答えなかった。
「シュヴァンダル?」
「……ミサキは、ここに来る直前の記憶では、体調を崩していたそうだ。薬を飲んで寝ていたが、立ち上がって窓を閉めようとしたところ、酷い頭痛と眩暈に襲われて倒れた」
そう言えば、お妃様がそんなことを仰せだったな。夫と子供がいたとも、その時言っていた。
「共鳴ってのは?」
「ミサキも孤独な生活をしていたのだろう。家にいても、会話などほとんどなかったと、言っていたろう?」
ああ、と頷いて、カイダル様が眉を寄せた。
「家族がいても孤独だったミサキと冷遇されていたユーティリアの孤独。二つの魂が、世界を越えて引き寄せ合ったのだろう」
手元の書物に視線を落として、魔王様が痛ましそうな表情を浮かべる。
「で、妃殿下の魂が今ここにいるなら、ユーティリア様の魂はどこにいるんだ?」
「それなんだよなぁ」
顎に手を当て、魔王様が首を傾げた。
『何もかも嫌になったというその者は、我の弟子となることを望んだ。
我は研究対象としてしか見ないと告げたが、別の世界から来たことを理解している相手の傍にいたいと言う。
己とは違う肉体に入り込んだその魂は、魔力など持っていなかった。
元々入っていた魂が別の魂を引き寄せた際に、すべての魔力を使い果たしたのだろう。
我が弟子として生きていくのならば、魔法を扱えるようにならなければならない。
セレスリーアに帰還し、魔力と魔法について、一から教えることとなった』
ふう、と息を吐いて、魔王様が書物を閉じた。
「書かれているのはここまでだな」
「そんなところで終わられても……」
「もしかしたら、世界のどこかに隠された文献があるのかもしれん。あるいは、大魔法師の研究日誌のようなものがあればいいんだが」
揃って頭を抱えるお二人に、コホンと小さく咳払いをした。
「リカル、どうした?」
「その、今のお話で気になったのですが」
「何だ?」
「妃殿下の、今の魔力はどうなっているのですか?」
エバー王国から到着されて、毎朝魔王様を魔力で吹き飛ばしていたはず。魔王様は反発と仰せだったけど。
「初夜で気絶した次の晩から共寝したが、すっからかんだった」
「では、朝に陛下を弾き飛ばしていたのは?」
そう聞くと、魔王様が目を丸くした。
「陛下は、ご自身の魔力と妃殿下の魔力が反発し合って弾かれたと仰せでしたが」
考え込む魔王様を、カイダル様が見守っている。考えるのは苦手だと常から仰せなだけあって、こういう時はあまり言葉を挟まれないな。
つと、魔王様が顔を上げた。
「まさか、ユーティリアの魔力が、残っているのか……?」
「あるいは、魂の残滓ではないかと愚考致しました」
「ユーティリアの魂が、ミサキの中で眠ったままということか?」
がたんと音を立てて、魔王様が立ち上がった。




