20.どうすれば、ずっとここに
談話室に残ったカイダル様とジフジ様が、静かに飲み続けている。
魔王様の胸で泣きだしたお妃様は、恥ずかしくなったのか真っ赤な顔を俯かせてしまい、魔王様はその体を離せなくなってしまったようだ。優しく抱き上げて、静かに寝室へ向かわれた。
カイダル様とジフジ様のお酒のお世話をするように命じられた僕は、お二人のグラスにお代わりを注ぎ続ける。
「無事に蜜月を迎えられそうでホッとしたな」
零されたカイダル様の言葉に、グラスをテーブルに置いてジフジ様が首を振った。
「いや、まだ無理だろう」
「無理?」
片眉を上げて、カイダル様が問い返す。
「シュヴァンダルはそこまで意気地のない男じゃないぞ?」
「いや、陛下ではなく。ミサキの問題だ。ミサキの心の問題」
「妃殿下の心?」
意味を掴みかねたのか、カイダル様が首をひねっている。
「どういうことだ?」
「……」
僕に向けて無言で差し出されたグラスに、ブランデーをなみなみと注ぐ。ついでに、カイダル様の杯にも注ぎ足しておいた。
「ミサキはさ、元いた世界に未練なんてないと思うんだよ」
「未練……」
「あたしが聞いただけの話で、ミサキの気持ちは本当のところはわからない。けどね」
こくり、とブランデーを飲み、ジフジ様が重たそうに口を開く。
「これは、ミサキがあたしを信用して話してくれたことなんだから。あんたたちも他に漏らすんじゃないよ?」
ギロリと睨まれて、僕はカイダル様とともにこくこくと頭を縦に振った。
「ミサキはね、孤独だったと思う」
「孤独?」
「親は数年前に亡くし、夫は自分に隠れて浮気をしている。子供は二人いたそうだけど、母親であるミサキのことなんて、存在しないかのように振る舞う。住んでる家でこの数年、誰とも会話を交わしていなかったそうだよ」
息を呑んだ。そんなこと、お妃様は少しも感じさせなかったから。
「そんな話を、笑いながら、何てことないように話すんだ。抱きしめてやりたくなったね」
くいっと杯を空け、ジフジ様がため息を吐いた。
「だったら陛下に甘えてしまえばいいと思うんだけど、生真面目なんだろうねぇ。ここは、自分のいるべき場所じゃないからって、頑なになってる」
「ユーティリア様のことか?」
カイダル様の言葉に頷くジフジ様。
「そうだろうね。初めは、自分と入れ替わったことでユーティリア様が救われたんじゃないかと、嬉しかったんだろうさ。けど、ここで過ごしてるうちに、ユーティリア様だってこの場所なら、幸せになれたんじゃないかって思いだした」
「妃殿下が、そう言ったのか?」
ふっと笑って、ジフジ様は首を横に振る。
「あの子は、そんなこと言わないさ。ただ、瞳が、表情が、そう語ってる」
僕がお代わりを注いだブランデーをあおり、ジフジ様は困ったように眉を下げている。
お話の続きを聞きたいのに、ボトルが空きそうだな。どうしよう。
「もしかしたら、陛下が調べた結果次第で、自分はここからいなくなるかもしれない。ユーティリア様が無事に戻ってくるかもしれない。だから、陛下を意識しているのに触れ合うことができない」
「だが、それは……」
「そうさ。あたしがそう感じてるだけって話だ」
ジフジ様がブランデーを飲み干した。
音を立てないように扉に近づいて、外に控えているはずの護衛官に、細く開けた隙間から新しいボトルを十本持って来るように頼んだ。このお二人に、護衛なんて本来必要ないし。少し、持ち場を離れるくらい構わないだろう。
ソファを振り返ると、ジフジ様の肩をカイダル様が抱いていた。
「あたしが気に入って、親友になりたいと思ったのはユーティリア様じゃない。ミサキなんだ。けど、そんなこと言っても、きっとあの子は困ったように笑うんだ」
「お前がそんなに気に入るなんて、凄いことだがな」
「いつかいなくなる。そう思ってるミサキは、どうしたらずっとここにいてくれるだろうね」
消え入りそうな声だった。
カイダル様は、何も言わずにジフジ様の大きな体を抱きしめ続けた。




