2.お妃様がやって来るまで
僕たち魔族が暮らすこのセレスリーア国は、人族の住む大陸とは海を挟んだ反対側の大陸にある。
あちらは大小様々な国があるらしいけど、一番大きくて国力があるのはエバー王国。そのエバー王国から、国交を樹立したいという申し出があったのが、五年前。
人族の世界では、近年領土争いのための戦争があちこちで起こっている。じわじわと端から切り取られ始めて焦ったエバー王国の国王が、魔族の王であるシュヴァンダル・セレスリーア様に泣きついてきたのだ。
初めは鼻で笑って撥ねつけようとしていた魔王様は、側近であるカイダル様にどうせなら人族から嫁でも貰ったらどうだとからかわれて、何故かその気になった。
人族から魔王の花嫁となる娘を差し出すなら、他国から攻め込まれた時に助力してやると、大層上から目線の返信を送ったら、驚くほどの早さで是と回答が来た。婚約者も嫁ぎ先も決まっていない、ちょうどいい年頃の第十二王女を送る、と。
予想外だったのか、魔王様の目が真ん丸になってた。なかなか見ない表情にこっそりと笑ってしまった。
カイダル様が内密に部下を送り込んで調査したところによると、エバー王国の王族には隠されて育てられている王女がいるとのことだった。黒髪黒瞳という、人族に忌避される容姿で生まれたために、半ば幽閉されるように育てられているという。
「厄介払いか」
ふん、と鼻を鳴らして、魔王様が面白くなさそうに呟いた。
「だが、王女は王女だ。このまま独り身を貫くつもりか?」
お妃様を迎える準備を整えるために、膨大な書類を処理しているカイダル様が楽しそうに笑った。
「どうせ、俺を見て怯えて泣き出すような娘だろう。つまらん」
「わからんぞ?人族には忌避される容姿でも、我ら魔族には大層好ましいかもしれん。お前が要らんなら、俺が貰ってやろうか?」
「ジフジに殺されてもいいのなら、構わんぞ」
カイダル様のお嫁様のジフジ様は、魔族の中でも一、二を争うほどの腕力の持ち主だ。カイダル様に一目惚れして、結婚してくれないならあんたを殺して自分も死ぬ、とカイダル様の太い首を締め上げながら求婚したという武勇伝がある。
ぞっとしたように肩を竦めて、カイダル様が笑っている。
「冗談に決まっているだろう。俺にはジフジだけがいればそれでいい」
これは、惚気を聞かされたのだろうか。
「まぁ、仕方ない。どんな娘が来るにせよ、あちらが差し出して来るんだ。それなりに言い含められているだろうさ。
リカル、嫁を丁重に迎える準備を滞りなくな」
「御意」
これまで国交のなかったエバー王国に、転移門を設置しなくてはならなくなった。
文官と魔法師たちを手配して、セレスリーアとエバー王国を繋ぐための準備が大急ぎで進められた。
いよいよお妃様をお迎えするという時に、エバー王国は三方向から他国に攻め込まれ、大きな戦争が始まった。
転移門の設置が終わっていたため、盟約に従ってセレスリーアからも軍勢を送り込んだ。
まさか魔族を味方に引き入れていたとは思ってもみなかった三国は、あっという間に蹴散らされたが、エバー王国も無傷ではなかった。国の復興に時間を貰いたいという書簡に、五年までは待ってやると魔王様が直々に回答を送った。
そうして一週間前、魔王様の王妃となるべくエバー王国第十二王女である、ユーティリア・ヴィ・エバーレンチェル様がセレスリーアにやって来たのだった。
まさか、初夜を迎えるはずのベッドで気絶し、目を覚ました後は伴侶である魔王様を拒み倒し罵倒し続けるとは思ってもみなかった。
カイダル様の調査によれば、今年で十八になられたはず。それが、もうすぐ五十歳とか、何を言っておられるのか。五年前の時点でちょうどよい年頃と言っていたけど、人族の年齢ではそれが普通なんだろうか。
泣きわめき、暴れ回り、魔力を暴発させて魔王様を吹き飛ばすお妃様に頭を抱え、魔族の中では優しげな顔に見えるらしい僕がお世話係を仰せつかった。
前途多難だな。




