18.ジフジ様の気持ち
お妃様を迎える前の魔王城では、夕食後の歓談には生演奏をさせるのが常だった。
音楽を楽しまれながら、ゆったりとお酒を飲む魔王様とカイダル様ご夫婦。けれど、そこにお妃様が加わると、他者を入れずに会話をすることになる。その方が、お妃様ものびのびとできるだろうと、魔王様が指示された。
二杯目のブランデーを飲みながら、ジフジ様がクスクス笑っている。
「けどねぇ、まさかこのあたしが、人族に角を洗ってもらうだなんて思わなかったよ」
「あら、すべすべで素敵な手触りだったわよ」
にこにこと果実水を空け、お妃様がジフジ様のマーコールのねじれ角を見つめている。
「まさか、他の奴に触らせるとは」
驚愕したように目を見開いて、カイダル様がぐいっとブランデーを飲み干した。
「……」
面白くなさそうな顔をして、魔王様も杯を空ける。
お代わりを注いでから、テーブルの上にナッツの皿とドライフルーツの皿を乗せた。
「それに、人族の娘と湯浴みだなんて、想像もしていなかったさ」
「楽しかったわねぇ、背中の洗いっこ」
「ゴッッホッ、グ……ッ、フ」
咳き込んだ魔王様を驚いたように見て、お妃様がその背を撫でる。
「あらあら、そんなに慌てて飲んじゃダメよ」
その細い手首を掴んで、魔王様がお妃様に詰め寄った。
「おま……お前っ、洗いっこって何だ!?」
あぁ、涙目になってる。
余裕のなさそうな魔王様に、お妃様はきょとんと首を傾げた。
「えっ?お互いの体を洗ってあげるのよ。こちらでは、そういう習慣はないの?」
「お互いの、体……」
魔王様の反応に、ジフジ様がクックッと笑っている。
「何だ、陛下。羨ましいなら正直にそう言えばいい」
「う、羨ましくなど……っ!」
「貴方、六百歳だなんて言ってたけど、お風呂で体を洗ってほしいだなんて、まだ子供なのねぇ」
「違う!」
待って、お妃様もうやめてあげて。お腹を抱えて笑い転げているカイダル様はソファに抱きついてしまった。他の者が誰もいなくて本当によかった。
いつの間にか夜は更け、ブランデーのボトルはすでに三本目に入っていた。
新しいボトルとナッツ類を取って来ようと部屋を出るところだった僕は、ジフジ様にこっそり呼び止められた。
「リカル」
「何でございましょう?」
「ミサキのグラスに、ちょっぴり酒を足せないのか?」
「えっ、はっ?」
ソファで楽しげに話しているお妃様を見やる。
「それは、どういう意味でございましょう」
「そのままの意味だ。あんなに飲みたそうにしてるんだ。一人だけ飲めないなんて、可哀想じゃないか」
「それは……」
「何だ、酒癖でも悪いのかい?」
僕も直接見たわけじゃないからなぁ。
「ミサキが酔ったら、あたしが寝室まで抱えて行ってやるよ。それならいいだろ?」
「ですが、陛下が……」
「ふん。陛下が寝室までミサキを抱きかかえて行けるってんなら、それでもいいさ。いや、その方がいい。リカルもそう思うだろ?」
驚いて、ジフジ様の大きな体の上にある顔を見上げた。
「で、ですが、周りがあれこれしない方がいいと」
「そりゃあそうさ。あんまり周りがせっついて、こじれたら大変だ。けどねぇ、ミサキは多分、ここにいたいんじゃないかと思うんだよ」
「え……」
まじまじと、ジフジ様の銀灰色の瞳を見つめる。
「妃殿下が、ここにいたい?」
「はっきりそう言ったわけじゃない。まだまだ遠慮もしているみたいだしね。ただ、一緒に風呂に入っていろんなことを話してるうちにね、そんな気がしたんだ」
ここで僕と話しているジフジ様に、お妃様だけが気づいていない。身振り手振りで、元いた世界とやらの話を魔王様たちにしている。
「あたしは、ミサキが気に入った。見た目は勿論愛らしいと思うけど、何て言うか、魂でわかり合える親友って言うか……とにかく一緒にいて楽しいんだよ。だから、陛下の嫁として、ずっとここにいてほしい」
ジフジ様の言葉は、いつも真っ直ぐだ。腕力だけでなく、この誠実さと情熱で、カイダル様を落としたと言われているほどに。
「けど、それはあたしからより、陛下から言ってもらった方がミサキの心には響きそうな気もする。だからね、ちょっとだけ、お節介を焼こうかと思ってね」
それが何故、お妃様にお酒を飲ませることに繋がるのかよくわからない。けど、ジフジ様がここまで仰せなら、一度試してみるくらいはいいんじゃないかな。




