13.傲慢三人娘
お妃様が涙を流されてから十日が経った。
あの次の日の朝、魔王様は顔を真っ赤にさせて、もう酒は飲ませんと叫んでおいでだった。
僕が退出した後の二人の寝室で、何かあったらしいけど教えてもらえなかった。きっと、お一人で抱えきれなくなったらカイダル様や僕にこっそり相談なさるだろうから、それまでは放っておこう。
この十日で変わったことが二つある。
一つは、お妃様が料理や掃除を楽しまれていること。どうしても何かしていないと落ち着かないというお妃様と、誰にも彼女を見せたくない魔王様との間で話し合いがなされ、お城の最上階だけならと渋々許可が下りた。
このお城の最上階は魔王様の私的なエリアで、ご夫婦それぞれの私室とお二人の寝室、食堂と厨房がある。魔王様とお妃様のお口に入るものは、すべてこの厨房で作られている。
その厨房で料理をすることと、このエリアからは決して出ずに、水仕事など手が荒れるような作業はしないことを条件に、お妃様は魔王様から許可を勝ち取っていらした。あの魔王様に口で勝つ女性なんているんだなぁ、とちょっと遠い目をしてしまったのは秘密だ。
護衛官は必ず二人以上つけるように言われ、素直に頷いたお妃様に魔王様はやっと安心したように執務に戻って行かれた。
「掃除機が欲しいわぁ。あと、フローリング用のウェットなやつ」
時々よくわからないことを呟きながら、今日も元気にお妃様は最上階の廊下を箒を手に動き回っている。
けれど、魔王様のお妃様が使用人の真似事のようなことをしているのが、気に入らない者も当然いるわけで。魔王様からは、くれぐれもお妃様の様子から目を離すなと厳命されている。
「あらぁ、まぁた使用人のようなことをなさってますのぉ?さすが、いまだ蜜月も迎えられない無能な人族ですわねぇ」
出た。有翼族の傲慢三人娘だ。
「仕方ありませんわよぉ。あの方って、人族の王が押し付けてこられたのでしょう?」
「その見た目で魔王様を誘惑して、セレスリーアを好き勝手にしようとなさっているのでは?」
「まあ!下賤な人族の考えって、おぞましいですわねぇ」
空を制することのできる有翼族は、強大なセレスリーアの軍勢の中でも主力を誇る。その分、発言力も強く重い地位に就いている者も多い。そして、有翼族の長とその側近の娘たちが、どこからか掃除や料理をしていることを聞きつけ、こうしてお妃様を貶しにやって来るのだ。
魔王様の王妃になるのは自分だと聞かされ、それは甘やかされて育てられた長の娘にとって、人族から王妃殿下を迎えるなどというのは寝耳に水の話だったろう。そして、それに追従する二人の娘。
「まぁ、見た目は極上ですものぉ。そこら辺の男でも誘惑なさって、魔王様からは手をお引きになればよろしいのにぃ」
「あぁ、先日ちょうど奥方を亡くされた庭師がいたのではなくって?」
「ま!ちょうどよろしいのではないですか?」
クスクスと笑う声が耳障りだな。けれど、相手は僕より高位の魔族。いくら魔王様の許可があっても、僕では抑止力にはならない。せいぜい、禁じられているエリアに立ち入っている注意くらいしかできない。
「恐れながら、誇り高き有翼の姫君。こちらは魔王様に許された者しか出入りすることはできません。速やかに、お戻りください」
僕に反抗されたことに驚いたのか、パチクリと目を瞬かせた後、傲慢娘はホホホと高笑いを始めた。
「まぁまぁ。陛下のお気に入りの侍従ねぇ。お仕事熱心なのはいいことだけれどぉ、わたくしはあの人族の娘に用があってよぉ。お下がりなさぁい」
「何なの、その言い方は」
いつの間にか、僕の後ろにお妃様が立っていた。腰に手を当てて、じっと三人娘を見据えている。
「毎日毎日、よく飽きないわね、あんたたちも」
呆れたように鼻を鳴らすお妃様に、有翼族の娘たちの目が吊り上がった。
「まぁ、何て無礼なの!」
「人族の分際で、ハミリア様に楯突くなんて!」
「身の程も弁えられない方には、さっさとこの城から出て行っていただきたいわ!」
まったく姦しいな。
「何の騒ぎだ!あたしの友達に、何の用だい!?」
三人娘の後ろから、まったく気配を感じさせなかったもう一人の低い声が掛かった。途端に、竦み上がる有翼族の娘たち。
体を震わせながら彼女たちが振り返った先には、魔王様よりも恐ろしい形相をしたジフジ様が立っていた。
そう、この十日でもう一つ変わったことは、お妃様がジフジ様とご友人になられたことだった。




