10.幼馴染の気安さ
決裁が済んだ書類を纏めて、登城した文官たちに渡す。
ソファで悶々とする魔王様と、呆れたため息を吐くカイダル様はしばらく放置だ。急ぎの書類は、昨日までの間にカイダル様がほとんど処理してくださっている。助かった。
お茶とお茶菓子をテーブルに置き終えたカフカが、足音を立てずに近寄ってきた。
「なぁ、リカル」
「どうした?」
「陛下のご機嫌がよろしいのはいいことだけど、妃殿下のご様子は?」
こそこそと話しているけど、多分お二人には聞こえるぞ。
羊の巻き角がちょこんと生えたカフカは、中性的な容姿でご婦人方に密かに人気がある。
陽の光を受けて金色に輝く髪は緩く三つ編みにして背中に垂らしている。くるっと丸い大きな瞳ははちみつ色で、よく動く表情と同じく豊かな感情を表している。黒を好ましい色と受け取る魔族の中では薄い色彩で、本人も気にしているようだけど、その鈍感さで魔王様の威圧にも耐えられる稀有な同僚だ。
「王妃殿下には、お気持ちを整理して考える時間が必要だから。今はお一人にしてある」
「お気持ちの整理?」
首を傾げるカフカを急かす。
「ほら、余計なお喋りをしている暇はないぞ。厨房で、昼食の指示を出さないと」
「あっ、そうだった」
慌てた顔をして、こちらを見てなどいない魔王様たちに頭を下げて執務室を出て行った。
そんなに走ったら転ぶんじゃないかな。ちょっと心配になったけど、放っておけないからと世話を焼きたがる使用人たちもいるし、大丈夫かな。
「それで、口づけ一つしてないのか?」
こちらも声を潜めて話していた魔王様とカイダル様だけど、聞こえてきた言葉に頭を抱えたくなった。
「く……!?」
あ、魔王様が固まった。
カイダル様、貴方様の幼馴染は意外に初心なんです。商売女や大人の付き合いに誘ってくる女性はあしらえても、あんな世俗を知らなさそうな乙女……いや、中身は違いそうだけど……に触れるなんて、まだ無理そうです。
「そ、そそそんなことっ!」
あぁ、真っ赤になっておられる。
「嫁だろう?ぐいっと行かないのか」
「ぐいっと……」
あ、これはダメだ。
「カイダル様、陛下に余計なことを吹き込まないでください」
「何が余計なことだ?」
「王妃殿下はまだ、こちらにいらしたばかり。陛下が強引に迫って、お心を閉ざされたらどうされるんです」
僕の言葉に、カイダル様が首をひねった。
「心を閉ざす?だが、王妃になるために来たんだろう?人族の閨教育はどうなってるんだ?まさか、何の知識もなく送り込まれて来たのか?」
「知識は……あるかもしれんが」
お妃様をユーティリア様として愛していいのか、悩んでおられるんだろうな。カイダル様にはお話しにならないのか。まだ、魔王様も整理しきれていないのかな。
「女なんてものは、男が迫ってくるのを待っているものなんじゃないのか?」
「お前……ジフジは待つ女か?」
「俺のジフジは特別だ」
そこで自慢そうになさるところが、可愛いんだよな。
がっくりと肩を落とし、魔王様がカイダル様を恨めしげに見やった。
「お前たち夫婦と俺たちは違うようだ。相手は人族だからな。少しずつ交流せねばならんだろう」
魔王様の言葉にカイダル様が藍色の瞳を丸くした。
「そんなまどろっこしいことで、我慢効くのか?」
「俺は獣ではない」
「……すまん」
発情期に抑えが効かない獣たちも、年中発情しているような人族も、魔王様はあまりよく思われていない。
いや、獣たちは本能だから仕方ない部分もあるけれど、人族はなぁ……。
「今は、ユーティリアが心安く過ごせるようにリカルに世話をさせているが、いずれはお前やジフジにも、他の重臣たちにも会わせねばなるまい。だが、魔族など見るのは初めてだろうからな。角のない俺やリカルの姿を見せて、慣れさせる」
カフカもお妃様のお世話をしているんだけど、多分まだお妃様はカフカの容姿をしっかりとは見ていない。それに、カフカの中性的な容姿ならお妃様もそれほど警戒されないだろう。メイドたちも、できるだけ角のない者を選んでいるからな。魔王様が直々に。
ふう、と息を吐いて、カイダル様がガシガシと頭を掻いた。
「わかった。会わせてもらうのを心待ちにしている」
「あぁ」
にっこり笑って、カイダル様はソファから立ち上がって書類と格闘し始めた。




