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赤ずきんちゃんと狼さん  作者: 星狼


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2/6

もう一人のおばあちゃん

部屋の空気が、微かに変わった。

少女の声が、右のベッドへと投げかけられた瞬間、狼の胸に冷たい風が吹き抜けたような気がした。

右のベッド。

そこに横たわる、もう一人の「おばあちゃん」が、ゆっくりと少女に答える。

その言葉は、純粋で、どこかぼんやりとしていて、狼の計算を一瞬でずらす。


「え……? アタシかい……? アタシの耳、そんなに大きいかねぇ……? 80年生きてるけど、そんな事一度も言われた事ないよ……?」


少女は少し目を細め、疑いの色を浮かべる。

その瞳に映る右のベッドのおばあちゃんは、ただの老女でしかなかった。

毛布の下で、狼の爪がシーツを掻く。


「死んだ爺さんなんかは、よく『アンタ福耳だねぇ』なんて言われてたけど、アタシは一回もそんな事、言われた事ないよ?」


言葉が、部屋に落ちる。

柔らかく、しかし確実に、狼の構築した幻想を削り取っていく。


福耳なのは爺さんで、自分は言われた事はない。

そんな本音が、赤ずきんの耳に届くたび、狼の心臓は不規則に跳ねる。


この女、バカか。

コイツは赤ずきんを騙す気がない。

いや、騙すどころか、素で自分を晒している。

その無防備さが、逆に自分を追い詰めるんだ。


「じゃあ、右のベッドのおばあちゃんにまた質問するね? おばあちゃんのお目目はどうして、そんなに大きいの?」


少女の声は、変わらず澄んでいる。

確認作業のように、淡々と、しかし執拗に。

右のベッドのおばあちゃんは、ため息混じりに答える。


「だから、しつこいよ、赤ずきん。アタシはそんなに目が大きいなんて言われた事、一回もないのよ!? アタシ、人生80年、一重だった事がずっとコンプレックスだったんだから! 後、言っておくけど、アタシは手が大きいなんて事も言われた事ないからね!」


その言葉が、部屋に落ちる音を立てた。

狼は、毛布の下で息を殺す。

これは……勝った。

コイツは赤ずきんを騙す気がない。

この勝負、俺の勝ちだ……!


心の中で、獣の笑みが広がる。

右のおばあちゃんの本音が、逆に狼の偽装を補強している。

彼女の否定が、狼の「大きさ」を際立たせ、少女の疑いを右へと逸らす。

完璧だ。

もう少し、もう少し耐えれば――


少女が、再び口を開いた。


「そうなんだ。じゃあ、他の人も何か質問ある? 青ずきんちゃんなんかはどう思う?」


……。


世界が、再び傾いた。

青ずきん。


別の声が上がる気配。

狼の耳が、ピクリと動く。

まだ、終わっていない。

この部屋は、ただの童話ではない。

疑いの種が、静かに、しかし確実に芽吹き始めている。


少女の瞳が、部屋の隅々をゆっくりと見回す。

その視線は、無垢で、残酷だった。

狼は、毛布の下で牙を噛みしめる。

まだ、食べてはいない。

まだ、終わっていない。

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