狙われた少女
森の奥、木々の隙間から差し込む薄い光が、埃のように舞う部屋の中。
ベッドの上で、狼は息を潜めていた。
毛布の下に隠した牙を、そっと舌で確かめる。
今か今かと、待ち焦がれる獲物――あの赤いずきんを被った少女が、扉の向こうに近づいてくる気配を、耳で、鼻で、肌で感じ取っていた。
必ず、食べてやる。
その柔らかな首筋を、温かな血潮を、すべて自分のものにしてやる。
そんな獣の欲望が、胸の奥で静かに煮えたぎる。
ギィ……
古い木の扉が、ため息のように軋んだ。
少女が入ってきた。
赤い布が揺れ、部屋に淡い花のような香りが広がる。
彼女はベッドに近づき、いつものように、純粋な瞳でこちらを覗き込んだ。
「あれ? おばあちゃん、どうしてそんなにお耳が大きいの?」
その声は、鈴のように澄んでいて、狼の耳朶を甘く震わせた。
簡単には騙されないだろう。
だが、この程度の質問は予想の範囲内だ。
想定内の答えを、喉の奥から絞り出す。
「それは、お前の声をよく聞くためだよ」
少女は少し首を傾げ、続けた。
「そうなんだ。あれ……? じゃあ、おばあちゃんのお目目はどうしてそんなに大きいの?」
マズい。
顔を見られたか。
慌てて毛布を顔まで引き上げ、影に表情を沈める。
心臓が、獣の鼓動を刻むように速くなる。
それでも、声だけは穏やかに保つ。
「それは、お前のことをよく見るためだよ」
少女を食い殺すための、嘘。
騙すための、甘い言葉。
彼女の瞳に映る自分が、どれほど滑稽な姿をしているのか、狼は知りたくなかった。
「あぁ、そうなんだ? あれ……? じゃあ、おばあちゃんのお手々はどうしてそんなに大きいの?」
舌打ちが、心の中で響く。
なんて目ざとい少女だ。
毛布を被って顔を隠したはずが、今度は掴んだ手に気付かれた。
だが、ここで動揺を見せてはならない。
狼は深く息を吸い、静かに答える。
「それは、お前をしっかり抱き締めるためだよ」
我ながら、ロマンティックな答えが出せたと思う。
だが、もう限界だ。
こんな戯れに付き合うのは、耐えられない。
次はきっと、口の質問だろう。
それなら、もう――
「お前を食べるためさ!」
と叫んで、飛びかかってやる……!
そう心に決め、牙を研ぐように舌を這わせた瞬間、
少女が再び口を開いた。
「そうなんだ。じゃあ、次は右のベッドのおばあちゃんに質問するね? 右のベッドのおばあちゃんは、どうしてそんなにお耳が大きいの?」
……え?
世界が、一瞬、凍りついた。




