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エピローグ 傾国の少女に、火が灯る

「――はあぁ……極楽ですわ……」


肩まで湯に浸かったまま、思わず本音が漏れた。

辺境の小さな村に、まさか“木造家族風呂”があるとは思わなかったけれど、

薪で炊いた湯の温かさは、五つ星ホテルのバスルームにも勝るとも劣らない。


「ふふっ。リディアってば、そんな顔もするんだね」


「えっ、そんな顔ってどんな顔よ」


「……ちょっと幸せそうな、無防備な顔」


「なっ……! あ、あなた、それ、乙女ゲームのイベントCGみたいなセリフよ!?」


「えへへ。」


セリアが笑う。


月明かりが、湯気越しに差し込む中。

二人きりの湯殿。

髪を下ろした彼女の素顔は、いつもより大人びて見えた。


「……変わったのね、あなたも」


「リディアに比べたら、全然だよ。

 でも……わたし、“あの頃の自分”に戻りたくないって思う」


「セリア……」


「もう、“何もできなかった自分”でいるのが、嫌だから。

 だから、ついて行かせて。次は、一緒に戦いたいの」


「ええ。あなたなら、歓迎するわ」


しばしの静寂。

湯の音と、かすかな虫の声。

そして。


「ねえ、リディア」


「なに?」


「……リディアって、誰か好きな人とか、いるの?」


心臓が、一瞬止まりそうになった。


「な、なに急に。湯気で頭が茹だってきたのかしら……」


「え、だって。ほら、王子様とか、騎士様とか、ほっとかないでしょ? こんなに綺麗だし……」


「う、うるさいですわ……わたくしは今、“世界を救うため”に忙しいのよ。

 恋愛など後回しで……」


「でも、誰かに“好き”って言われたら?」


「……っ」


「たとえば、昔の婚約者に。

 それとも、最近よく名前が聞こえてくる王子様に?」


「……っ、ま、まだ、なにも……起きてませんから!」


顔が熱いのは、湯気のせいだけではない。

セリアはにっこり笑って、わたくしの肩にそっと寄りかかってきた。


「ふふ……じゃあ、教えて。

 もし“誰かに恋する未来”が来たら、わたしにも教えてね?」


「……ええ。そのときは、あなたが一番に知る権利があるわ」


「約束」


「……約束よ」


互いに見つめ合って、微笑んだ。

ちょっとだけ近い距離。

心も、指先も、ぬくもりを分け合う。


この“幸せ”を、守るためなら――わたくし、戦える。



湯上がり、村の縁側に座って、夜風に当たりながら。


セリアが、静かに告げた。


「リディア。実は、王都でちょっと、きな臭い話があるの」


「……どんな話?」


「最近、“禁呪”の痕跡が、複数確認されたの。

 しかも、それが“王城の中”からだっていう噂もある」


「王族の内部に……禁呪使いが?」


「真偽はわからない。

 でも、貴族たちの間で妙に騎士団の動きが活発だったり、

 “ある人物”が暗躍してるって話もあって……」


「“ある人物”って?」


「仮面をつけた白銀の男。

 自分の正体を隠して、貴族会議の裏を操ってるって……」


──仮面、白銀の髪、正体不明。


……間違いないわね。

アレン・レイヴァント王子。


「面白くなってきたじゃない。

 なら、わたくしの次の目的地は、決まりね」


「まさか……」


「ええ。王都へ潜入するわ。

 身分を隠して、“追放された令嬢”が舞い戻る。

 お仕置きの時間ですわ、裏切り者たちに――」


「でも、どうやって入るの?」


「ふふ、心配しないで。乙女ゲームヲタクの前世知識、なめないでいただけるかしら?」


「……あ、またなんか変なスキル使う気でしょ?」


「その通りよ。

 「華麗なる王都潜入作戦」――開幕ですわ」



そしてその夜。


わたくしは月を見上げながら、もう一度だけ、セリアの言葉を思い返していた。


──好きな人、いるの?


今はまだ。

答えなんてわからない。


でも。


もし、誰かに心を許すことができるのなら。

わたくしを、“リディア”として見てくれる誰かと、

肩を並べて笑える未来があるなら――


それはきっと、“英雄譚”の続きを生きる理由になる。


「……ふふ。今夜は、よく眠れそうですわ」


魔導師として。

少女として。

恋を知らない“わたくし”として――


この物語は、まだ、始まったばかり。

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