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魔物襲来と、最初の英雄譚

「リディア、急いで! このままだと、村が――!」


フィーネの声が震えていた。


それは、ただの精霊の警告じゃない。

彼女が“人として”わたくしに縋った、最初の叫びだった。


「……わかったわ」


ドレスの裾を掴み、わたくしは踵を返す。


目指すは、昨日立ち寄った小さな村。

辺境にひっそりと佇む、魔導の遺跡に最も近い集落。


「まったく……最初に挨拶したおばあさま、わたくしの手を握って泣いてたのよ。

 その村を燃やすなんて、趣味が悪すぎるわね」


森を抜ける風が、焦げた匂いを運んできた。

木々のざわめきに混じって、悲鳴も聞こえる。


心が、冷たく締めつけられる。


「フィーネ、敵は?」


「瘴気を纏った中型魔物が二体、周囲に小型種が多数!

 たぶん“瘴気召喚”系の禁呪が近くで使われた……!」


「禁呪?」


「うん……この世界の“バグみたいな魔法”だよ。対価に命や魂を使うから、

 普通は誰も使いたがらない。でも……」


「でも?」


「でも……“わたしたちの存在”が目覚めたせいで、

 何かが呼び寄せられてる気がするの」


……最悪ね。


けれど、最悪だからこそ、わたくしが動く意味がある。


「フィーネ。戦うわよ」


「うん!」



村は燃えていた。


瓦礫と炎の合間から、小さな子どもが泣き叫ぶ声。

母親が我が子を庇って倒れ、男たちは農具片手に必死で抗っている。


──絶望。

この世界には“本当に、どうしようもない絶望”が存在していた。


けれど、その中で。


「――――やめて」


わたくしの声が響いた。


それだけで、空気が変わる。

炎が静かに揺れ、小型魔物たちが一瞬ひるむ。


「……誰だ、おまえは!」

「ここは魔族領になるのだ! 退け、女……!」


「ふふっ」


わたくしは、笑った。


「ごめんなさいね。“女”という種族には、ね。

 こう見えて、わたくし――“傾国の美少女”って呼ばれてるの」


魔物たちがぎょっとしたような顔をした……気がする。


「だから、ちょっとだけ覚悟して?

 この顔に傷ひとつ付けられないような、

 “圧倒的勝利”で沈めてあげるわ」



「《アルカ・コード》、起動」


光が走る。

わたくしの足元に、紅と紫の魔法陣が展開される。


情報の奔流。魔素構造、敵性種解析、戦場条件最適化。


「解析完了。《風刃障壁・双重展開》──!」


まずは、防御。


風の刃で構成されたドーム型障壁が、村の人々を包み込む。


「つづけて、《雷火連斬・螺旋結界》──」


空に電光が走り、地を這うように火焔の柱が伸びた。


攻撃魔法を、“命令語ひとつ”で構築・発動できる。

それが、《アルカ・コード》の本領。


「や、やばいぞこいつ……! こ、こんな魔導、見たことない……!」


「ふふ、見たことがないでしょうね」


わたくしは前へ出た。

そして、魔物の目前で、わざと一歩踏み出す。


ドレスの裾がひるがえり、炎と雷が背を照らす。


「でも、あなたたちに教えてあげるわ」


紅霞の瞳が、魔物を射貫いた。


「これは、“わたくしの魔法”よ。

 世界にひとつだけの、わたくしの誇り。

 そして、“守りたい”と願った人々のためにあるものよ」


その瞬間。


すべての魔法陣が、共鳴した。



戦いは、一瞬だった。


精霊魔法と古代術式の融合。

雷と氷の連撃で中型魔物を討ち、小型たちは逃げ出した。


「や……やったの……?」


「……ふう。フィーネ、大丈夫?」


「うん! リディア、すっごくかっこよかったよ!」


「ふふ……当然ですわ」


誇らしげに言ってみたけれど、手が震えていた。

これが、**“人を助ける戦い”**なんだと、初めて実感したから。


村の人々が駆け寄ってくる。


「お嬢さん……あんた……」

「助けてくれて、本当にありがとう……!」


「い、いえ、わたくしはただ――」


「あんたのお名前を、教えてくれないかい?

 わしら、あんたのことを……忘れたくないんだよ」


「……リディア。リディア・アルヴェインですわ」


その名を言うのに、ほんの少しだけ勇気がいった。


“断罪された名”を、胸を張って名乗ることが、こんなにも重くて、

けれどこんなにも――誇らしいなんて。


「……ありがとう、リディア様」

「リディア様……!」


次々と、声が響く。

ああ、この響き。


誰かに必要とされることの、こんなにも優しい温度。


それは、前世でも、この世界でも、

一度だって“本気でもらったことのないもの”だった。


「……フィーネ」


「うん」


「わたくし……この力を、正しく使いたい。

 誰かを押しのけるためじゃなくて、

 本当に……“守りたい人”のために」


「大丈夫。リディアなら、できるよ」


フィーネがそっと手を重ねた。


その小さな掌の温もりが、

わたくしの胸にある“なにか”を、静かに、解かしていった。



この日、辺境の村に現れた銀の令嬢のことは、

やがてこう呼ばれるようになる。


“紅霞の魔導姫”――リディア・アルヴェイン。


でも、まだこのときのわたくしは知らなかった。


その名が、王国中を揺るがすことになるなんて。


けれど。


「ふふっ。いい名前ね、“リディア様”って」


今はただ――


その響きに、心から微笑めたことが、

何よりも嬉しかったの。

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