黒精霊兵、絶望の戦線
――闇の中に、光が差した。
それは、奇跡と呼ぶにはあまりに鮮やかで、美しくて。
わたくしの“心の精霊”であるフィーネが、王都の空にその姿を現した瞬間。
まるで崩れかけていた世界が、ほんの少しだけ立ち直ったような気がした。
「リディア! わたし、ちゃんと帰ってきたよ!」
虹色の髪をなびかせ、フィーネが私のもとへ駆け寄る。
飛びつくように抱きついてくるその体は、思ったよりも温かくて、少しだけ涙が出そうになった。
「……ごめんなさい、フィーネ。呼び戻すのが遅れてしまって」
「いいの。だって、リディアが信じてくれてたから、わたし……“戻ってこられた”んだよ」
フィーネの瞳が、まっすぐ私を見ていた。
「それに――」
彼女はその小さな手をかざし、風と光を王都全体に広げる。
「“この世界”が、リディアのことを……ちゃんと覚えててくれた」
その瞬間、王都に吹き込んだ“風”が変わった。
――冷たい瘴気を裂き、暖かな光が戻る。
精霊の加護。それは、この地に今もっとも必要な“庇護の力”だった。
「フィーネ……!」
「さぁ、やろう、リディア! ここからは、“私たちの戦い”だよっ!」
力が湧き上がる。精霊魔力が奔流となって、私の内から溢れてくる。
「全魔導騎士団に伝令! 精霊界との回線が復旧しました。全軍、“精霊展開戦術”へ移行!」
「「「了解!」」」
塔にいた騎士たちが一斉に立ち上がる。
彼らの背中に、今ようやく“希望の炎”が戻ったのがわかる。
だが――
「副団長! 東側防衛線、再度突破されました! 黒精霊兵、第二波です!」
「なに……!?」
ルーファスの顔が、鋼のように引き締まる。
「――セリア、フィーネと共に魔導障壁の補助を頼む。リディアと俺で先行する!」
「待ってルーファス、まだ回復が……!」
「構わない。あの兵たちは“感情を喰う”。なら、俺が先に怒りを見せてやるまでだ」
その背中が頼もしすぎて、ほんの少しだけ言葉に詰まった。
けれど、わたくしも立ち止まっているわけにはいかない。
「フィーネ、行きますわよ!」
「うんっ、全力で、ね!」
* * *
そして――戦場。
王都東門は、もはや“門”と呼べる形ではなかった。
精霊障壁は砕け、燃え、崩れ、地には穴が穿たれ、兵たちは倒れ伏していた。
その中心に“それ”はいた。
黒い霧に包まれ、無数の鎧をまとった異形たち。
「……黒精霊兵……」
“精霊”とは思えない、禍々しさ。
その身体からはまったく魔力が感じられない。
でも、“いる”――“確かに、存在している”。
ルーファスが剣を構える。
「……あれが、俺の剣を吸った“空虚”」
「……“存在を否定する存在”って、どういう理屈よ……」
フィーネが震えた声を出す。珍しく、彼女が怖がっている。
「やっぱり、普通の精霊じゃないんだ。……“捏造された精霊”。禁忌の生命」
「つまり、“この世界に属していない”存在ってこと……?」
わたくしは、震える手を押さえて前へ出る。
「……だったら、“世界の意思”を、この手に宿せばいい」
「リディア?」
「わたくしが、精霊王フィルグレアに問われた願い……今こそ、答える時ですわ」
――《世界を壊す力に抗うなら、己の願いを“剣”とせよ》
魔導環式が展開する。フィーネが瞳を見開いた。
「……これは、“新しい魔法”……!?」
「精霊と契約した“想い”そのものを、魔法として再構成するの。アルカ・コード、起動――」
私は杖を高く掲げ、詠唱した。
「《コード・イマージュ:この願い、誰にも奪わせない》!」
紅と銀の魔法陣が広がり、黒精霊兵の群れを裂いた。
次の瞬間――“音”もなく、五体が弾けて消滅する。
「効いた……!」
「いや……来るぞ、リディア!」
ルーファスの声と同時に、敵が一斉にこちらへ向かって跳びかかる。
「セリア! 防壁を――!」
「ま、間に合わない……!」
咄嗟に前へ出る。
魔力を一点に集中させ、フィーネと共に盾を展開。
でも――
「ぐっ……ぁ……!」
剣が、肩を裂いた。
精霊盾が一瞬だけ遅れた。
――“恐怖”が、私の手を鈍らせた。
「リディア様――!!」
セリアの悲鳴。ルーファスの剣が敵を弾き飛ばす。
「下がれ!」
「だ、だめ……今、止まったら……っ!」
肩が熱い。痛い。足が震える。
「リディア!」
「わたくしは……わたくしは、“誰も失わない”って誓ったのよ……っ!」
でも、魔王はまだ姿すら見せていない。
これで、前哨戦――?
「……このままじゃ、王都は……“本当に、落ちる”……」
空に、また雷が走った。
そして響く、狂気に満ちた声。
『あぁ……懐かしい匂いだ、リディア・アルヴェイン。精霊と心を結ぶ“存在”よ』
それは、空から降る声。
けれど、心の奥を“直に抉る”ような冷たさだった。
『ようやく見つけた。世界の“鍵”――』
空に浮かぶ黒い影。
それは、ただ“目”だった。
全てを見下ろす、“ヴァルディア”の目――。
「次は……お前の“心”を喰らいに行く」
背筋が凍るような“殺意”。
世界が、一段階深く“闇”に堕ちていくのを感じた。
――ここからが、本当の“絶望”だ。




