王都炎上、覚醒する美しき魔女
王都の空が、赤く染まった。
それは夕暮れの光ではない。
燃え上がる魔の炎――瘴気にまみれた黒い火柱。
「魔族……っ、ここまで入り込んでたなんて……!」
セリアが震える声で叫ぶ。
「陛下は!?」「第一騎士団は応戦中です!」
「西門壊れました! 魔族、広場へ侵入中!」
次々に響く絶望の報告。
騎士たちの陣形は崩れ、市民は逃げ惑い、
街は――もはや、戦場だった。
でも。
わたくしは、その中心に“立つ”。
「フィーネ。準備は?」
「もちろん!」
わたくしの肩に乗った虹色の髪の精霊は、きらきらと笑う。
その瞳は、まるで無数の魔法陣をそのまま宿しているかのように輝いていた。
「リディア、魔素圧縮完了! いけるよ、いつでも!」
「ええ。では、“魔導師として”――名乗らせてもらいますわ」
足元に展開されるのは、五重式・円環陣。
《アルカ・コード》が全開で回転を始め、古代文字が空中に連なってゆく。
「リディア、これ……!」
セリアが見上げる先で、巨大な“紅紫の蝶”が空を舞う。
それは魔導の象徴。
美しく、恐ろしく、そして――自由の象徴。
◆
「皆さん、避難を」
リディア・アルヴェインが、ドレスの裾を翻しながら、王都中央広場に降り立った。
その姿を見た市民たちは、息を呑んだ。
“断罪されたはずの悪役令嬢”。
いま、燃えさかる街の中心で、堂々と微笑んでいる。
「あなたたちが追放したのは、ただの“令嬢”ではありません。
――魔導師ですの」
《氷鎖双龍・爆裂連結》
《雷刃障壁・一斉展開》
《風紋断層・位相転移》!
三系統同時展開。
魔導の常識を覆す超高密度魔法を、同時に手のひらから放つ。
凍てつく鎖が、空を這う魔族を地面に叩き落とし、
雷の壁が群れを分断し、
風の刃が“見えない次元”ごと切り裂く。
「すごい……!」
「誰だ、あの魔導師……!?」
「まさか、“紅霞の魔女”……!」
群衆の中に囁きが走る。
いつのまにか、人々は彼女の名を呟き始めていた。
「名前は――リディア。
もう一度、よく覚えておいてくださいな?」
その声に、魔族が唸りを上げる。
数十体が一斉に飛びかかってくる。
だが、すでにそれは“想定内”。
「フィーネ、今!」
「いっけぇーーーっ☆!」
フィーネが両手を掲げると、彼女の背後に無数の精霊陣が顕現する。
《精霊展開:星雨の大矢》
《契約者解放:三重律動加護》
――それは、空から降る希望の光。
星のような輝きが、魔族たちを次々と貫いていく。
「すっごいよリディア! 私たち、ほんとに最強のコンビだねっ!」
「ええ、わたくしもそう思うわ。……今夜だけは、認めてあげる」
「やったー!」
◆
そして、別の場所――。
セリアは、中央広場から少し離れた避難区画で、
必死に“治癒”と“保護結界”を展開していた。
「回復魔法《聖風の抱擁》! お願い、間に合って……!」
傷ついた少年の体に、柔らかな光が差す。
一筋の涙が、その頬を滑った。
「ありがとう、お姉ちゃん……」
「……よかった……!」
けれど、セリアの魔力は限界に近づいていた。
それでも彼女は立ち続けた。
「私は……リディアに、守られてばかりじゃ……いや」
ぎゅっと胸元のペンダントを握る。
「わたしも、“誰かを守るヒロイン”になりたいんだ」
精霊のように光る魔法陣が、セリアの足元に咲いた。
――その力は、ただの癒しではなかった。
◆
「セリアの魔力が……!?」
リディアの視線が、遠くで輝く癒しの光を捉えた。
「彼女、やるわね……!」
「うん! リディアとセリア、最強バディーだもん!」
フィーネが嬉しそうに胸を張る。
リディアは、最後の魔族の咆哮を見据えた。
「まとめて、吹き飛びなさい!」
《最終詠唱――アルカ・コード・完全展開》
《魔導最終陣:紅霞永久結界・崩光》
魔導陣が王都を包む。
光が炸裂した。
一切の瘴気が浄化され、魔族の絶叫が風に消える。
◆
戦いが終わったあと。
焼け落ちた広場の中心に、彼女は静かに立っていた。
紅と銀の髪を風に揺らし、仮面も、仮の名も脱ぎ捨てた姿。
「……リディア・アルヴェインですわ。
追放された令嬢ではなく、
この王国を救った“魔導師”として、記録なさい」
誰かが、手を叩いた。
一人、また一人。
やがて、王都中が彼女の名を呼び始める。
“救世の魔女”
“紅霞の令嬢”
“傾国の英雄”
でも――。
「……ふふ、結局みんな、名ばかり気にするのね」
わたくしは、微笑んだ。
わたくしがなにかを“救った”のだとしても、
それはこの手に触れた“誰かの想い”に、答えたかったから。
「……ありがとう、セリア。フィーネ。あなたたちがいたから、わたくしは――」
そのとき、背後から誰かが近づいてきた。
「おめでとう。君の勝利だ。……“魔女”」
仮面はつけていなかった。
けれど、目は覚えていた。
「……アレン・レイヴァント」
彼は、わたくしを見つめて言った。
「世界が君を選んだなら、僕はその結末に賭けてみよう」
「……その代償が、“君”じゃないことを祈るわ」
ふたりの視線が、交差する。
仮面の夜は明け、
ここからは――真実の物語が始まる。