黒幕と仮面舞踏会
王都に、仮面が舞う夜がやってくる。
その舞踏会は、年に一度――
王立魔導協会主催によって開かれる、貴族と魔導師の交流の祭典。
だが、その裏で。
「仮面をつけたままなら、“本心を晒せる”って皮肉よね……」
着替えながら、わたくしは鏡に向かって呟いた。
深紅のベルベットドレス。
背中が大胆に開いたデザインに、銀の装飾が滴るように施されている。
髪はゆるく巻き上げ、仮面は紅霞に染まるレース地の“蝶”のデザイン。
「……うん、完璧」
「えっ……リディア、それほんとに平民変装の延長線上なの!?」
隣で着替えを手伝ってくれていたセリアが、やや涙目で叫ぶ。
「平民枠ってより“隠しルートの女王様”って感じなんだけど……!」
「ふふっ、いいじゃない。“夜の蝶”って、昔から乙女ゲームでは最強なのよ?」
「もうほんとに前世でどんな乙女ゲーやってたの……!」
「全部よ」
「こわっ!!」
笑いながらも、内心は静かに張り詰めていた。
今夜、仮面舞踏会の来賓名簿の中に――
**「仮面の王子」**の名が、紛れ込んでいる。
白銀の髪に、金の狐眼。
貴族会議の裏を操り、禁呪を手引きしている黒幕のひとり。
そして。
「……アレン・レイヴァント」
かつてわたくしを“切り捨てる側”に回った、あの王子。
会って、確かめなければならない。
彼の目的を。彼の仮面の裏の、真実を。
でも――それ以上に。
「……“惹かれてしまいそうな自分”が、一番怖いのよね」
◆
仮面舞踏会の会場は、王都中央の浮遊円舞殿。
精霊魔導によって空中に浮かび、煌めく光の中で回転する幻想のドーム。
流れる音楽、舞う光、溶け込む笑顔。
だれもが仮面の下に“別の誰か”を演じ、恋をして、秘密を囁く。
「これが……“乙女ゲームの舞踏会イベント”……!」
わたくし、内心大歓喜。
「ここで、運命の出会いフラグを立てるのが、王道なのよね……」
「リディア、顔! 顔ニヤけてる!!」
「ふふ、ごめんなさい、でもちょっとだけ夢が叶った気分で……」
そのときだった。
「踊りませんか、仮面の蝶殿?」
背後から、
まるで“声が微笑んでいるような”誘い。
振り返ると――そこにいた。
白銀の髪。
黒と金のマスク。
そして、仮面の奥から覗く、金色の狐眼。
「あなたは……」
「ふふ、名乗るのは無粋でしょう? 今夜は“仮面の夜”ですから」
すっと差し出された手は、白く長く、優雅で……危うい。
迷う。
でも。
「……わたくしを誘うなんて、いい度胸ですわね」
「光栄です、“貴女”にそう言われるなんて」
わたくしは、その手を取った。
◆
円舞。
音楽に合わせて、身体が自然と動く。
舞踏の技術は幼い頃から仕込まれたもの。
でも、この男のリードはそれ以上に自然で……惑わされる。
「綺麗な瞳ですね」
「仮面の下を褒めるの、ルール違反では?」
「ふふ。目は“仮面”では隠せませんから」
「……言葉の使い方がうまいのね。さすが、腹黒王子?」
「おや、それは心外だ」
わずかに笑ったその声が、
胸に刺さるように、優しかった。
わたくしは、ふいに口を開いた。
「なぜ、“あのとき”わたくしを――断罪に賛同したの?」
「……そう聞くということは、やはり、君は“彼女”なのですね」
仮面の奥で、彼の瞳がわずかに揺れた。
「世界の“進行”を乱すものとして、君は排除されるべきだと、皆が言った。
でも、僕はそれでも信じていた。“本当の物語”は、君から始まるんじゃないかって」
「その割に、優しさがなかったわ」
「……今、目の前で踊ってるのが、君だと知っていたら。
僕は、何もかも捨ててでも、庇っていたと思う」
「……嘘つき」
「うん。僕は、嘘つきだよ」
だからこそ。
この男が、何を考えているのか、まったく読めない。
けれど。
仮面の奥のその目に、ほんの一瞬だけ。
“救いを求めるような色”が滲んだ気がして。
わたくしは、なぜか――言葉を返せなくなった。
◆
音楽が終わる。
「ありがとう、楽しかったわ」
「こちらこそ。……願わくば、君が“真実”に手を伸ばさぬことを」
「え?」
「君が“核心”に触れれば、もう戻れない。
世界も、君自身も」
「それは……“脅し”かしら?」
「“忠告”です」
そう言って、彼は踵を返した。
「では、夜が明ける前に。
“この世界の終わり”が来る前に、また会いましょう。リディア・アルヴェイン」
「……っ!」
名前を呼ばれた瞬間、仮面が音もなく崩れ落ちた。
あの男――やっぱり、すべてを知っていたのね。
◆
「リディア!」
セリアが駆け寄ってきた。
「大変、街の南門に魔族が出たって!」
「……来たのね。仮面舞踏会の裏で、動きが」
「どうするの?」
「決まってるわ」
わたくしはドレスの裾をまくり、空に魔導陣を描く。
「ドレスアップも終わったし――
そろそろ、“本気の魔女”の出番ですわね?」
夜の闇に、紅紫の光が咲いた。
“仮面”を脱ぎ捨てたリディア・アルヴェインが、
再び王都の空に舞い上がる。
――次回、第4話【王都炎上、覚醒する美しき魔女】
「あなたたちが追放したのは、ただの悪役令嬢じゃないわ。
――この国を救う、“最強の魔導師”ですもの」