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「だって、得体の知れない元庶民の聖女様とか、エレオノーラに近づけたくないじゃないか。関係を築かせるにしても、私の目で判断してからじゃないと気がすまなかった」


耳を触っていた手がゆっくりと首筋をなぞりながら鎖骨辺りまで降りてくる。

エレオノーラは手の動きに合わせて頭を反対に傾けた。


「だから殿下にお願いして、まずは私が聖女様と行動を共にすることにしたんだ。で、まぁ判断がつくまではあれに近づいて欲しくなかったから、仕方なくエレオノーラに私を避けてもらうようにしたってわけ」


“あれ”とは恐らくミスティーアのことを指しているのだろう。

これまでのアルフレードの発言と行動の辻褄が段々とエレオノーラの頭の中で噛み合っていく。

だが、それでもまだ疑問はあった。


「ですが、あまりにも長くありませんでしたか?アルフレード様の観察眼があればミスティーア様がどういった方なのか、すぐに分かったと思うのですが」


少しの間一緒にいたエレオノーラでも、ミスティーアが裏表のない人間だということはすぐに分かった。

ならば、自分よりも優れた目を持つアルフレードが何ヶ月もの間、ミスティーアの人間性について気が付かないわけがなかった。

エレオノーラが疑問を口にすると、アルフレードはエレオノーラから視線を外し今度は少し呆れたような顔をしてため息をついた。


「まぁね、人畜無害なことはすぐに分かった。ただ、どうにも脳みそが緩くてね、エレオノーラに引き合せるならもう少し貴族令嬢として恥ずかしくない程度にしたかったんだ。エレオノーラが変な影響受けたら嫌だったし」

「あぁ・・・なるほど・・・」


アルフレードの言葉に、エレオノーラは妙に納得してしまった。

事実、ミスティーアは入学当初は敬語も礼節もてんで駄目だった。それをアルフレードが都度都度指摘して、やっと見てられる程度になってきていた。


アルフレードの口から事の真意を知り、エレオノーラは自分の浅はかさを悔いた。


(私が、もっと早くアルフレード様にミスティーア様との関係を聞いていたら、こんなに思い悩むこともなかったのに・・・本当に情けない・・・)


エレオノーラが俯くと首元から離れたアルフレードの手が握り合っている手に添えられ、エレオノーラの手を優しく包んだ。


「エレオノーラのためと思っていたのに、結局エレオノーラを傷つけた。私がもっと上手く立ち回っていたら、今回の事件に巻き込まれることもなかったかもしれないのに・・・本当にごめん。怖い思いをさせた」


アルフレードは手を持ち上げると懺悔するように自分の額にくっつける。

苦しそうな顔をするアルフレードにエレオノーラは慌てて首を振った。


「違います!今回は完全に私の注意不足で、アルフレード様のせいで起きたのではありません!それにちゃんと助けに来てくださったではないですか!」


エレオノーラが空いている手をアルフレードに伸ばすと、それに気付いたアルフレードが自分の頬をその手に擦り寄せる。

苦しそうな顔のまま、猫のように顔を擦り付けてくるアルフレードの姿にエレオノーラは思わずクスッと笑った。

そんなエレオノーラを見て、アルフレードもつられて表情を緩める。

しばらくして、エレオノーラは小さく息を吐いてあの時の心境を吐露した。


「正直、馬車が襲撃されてからずっと怖かったんです。色々な状況を想定して訓練はしてきましたが、実際に体験したのは初めてでしたし。でも、横で泣いているミスティーア様を見て、私が何とかしないとって自分を奮い立たせていました」


エレオノーラの話をアルフレードは黙って聞いている。


「でも、いよいよ魔力がなくなって賊に作戦がバレた時、もう終わりかもって思ったんです。体は動かないし頭も痛くて、ナイフが降りていくたび恐怖と絶望が増していきました。・・・傷物令嬢なんて、アルフレード様の隣にいられませんから」

「私はそんな事でエレオノーラを手放したりしない」


自分の頬を触る手を上から握り締め、アルフレードは不満を隠さず顔に出す。

そんなアルフレードにエレオノーラは困ったような表情を返して更に言葉を続けた。


「でも、もう絶対駄目だって諦めた瞬間、アルフレード様が現れて・・・私、ずっと我慢できていたのに涙が止まらなくなってしまって」


当時を思い出したエレオノーラの声が震え、瞳は微かに揺らめいた。


「アルフレード様の姿を見た時、あぁ、もう大丈夫だって今までの緊張の糸が全て解けてしまって・・・あの時のアルフレード様、物語の王子様みたいでカッコよかったですよ」


涙を溜めた瞳で笑うエレオノーラからアルフレードは目が離せなくなった。


「朦朧としていく意識の中、アルフレード様の背中を見て思ったんです。やっぱり私にはこの人しかいないんだって・・・」


アルフレードの頬から手を離してアルフレードの手を握り返すとエレオノーラは真っ直ぐにアルフレードを見つめた。


「アルフレード様。出会った時からずっと愛しています。私は自分に自信がないので、またアルフレード様の気持ちを疑ってしまうかも知れません。それでも、貴方の隣に居られるようにこれからも努力していきます。だから・・・」

「待って」


握り合っていた手を振りほどき、アルフレードはエレオノーラを抱きしめる。

突然抱きしめられて固まっているエレオノーラをよそに、アルフレードは腕に力を入れてより強く抱きしめた。

しばらく黙って抱きしめられていたが、さすがに力が強すぎて、エレオノーラはアルフレードの背中を叩いた。


「アルフレード様っ少し力が強いですっ!」

「あぁ、ごめんね。あまりに可愛くて、我慢できなくなっちゃった」


エレオノーラに言われてすぐに腕の力を抜くと、アルフレードは愛おしそうにエレオノーラの頬を撫でる。


「私はね、エレオノーラ・・・この世界の誰よりもエレオノーラを愛しているよ。魔力量が少ないからと、誰よりも努力して精密な魔力操作を身につけたその努力家な所も、ピンチの時に冷静な行動ができるその判断力も行動力も全部が愛おしくてたまらないんだ」


初めて聞くアルフレードの告白にエレオノーラはどんな顔をしたらいいか分からなくなり、思わず顔を逸らした。

しかし、両方の頬に手を当てられ強制的に顔を正面に戻される。


「顔を逸らさないで?今のは、他人も知っているエレオノーラの長所なわけだけど、エレオノーラの魅力はそれだけじゃない。私を見るとふわっと笑いながらすぐに駆け寄ってきてくれる所も、私と会う前は必ず鏡で身だしなみチェックをする所も、ヒールを履くと私と身長がほぼ変わらないことを気にして、いつも低めのヒールを履いている所も、自分の顔がきついからとなるべく怖がられないように内緒で笑顔の練習をしている所も、私の前では自然に笑えていることに気がついていない所も、私が送った物を捨てられず小さなメモ用紙に至るまで全て魔法ボックスに入れて大切にとっておいてくれている所も、全部全部全部、愛おしくてたまらないんだ」


添えた手の親指でエレオノーラの頬を撫でながら、エレオノーラに口を挟む隙を与えず話し続けるアルフレード。

そんなアルフレードを見つめていたエレオノーラは口をパクパクさせながら顔をどんどん赤くしていく。


「なっなっなっなんでお話してない秘密にしていたことまで知っているんです?!」

「エレオノーラのことで私が知らないことがあるなんて耐えられないだろ?」

「笑顔の練習のこととかっ!まっ魔法ボックスの話なんて、誰にも話していないはずなのに・・・!」


情報の出処が分からずうんうんと唸るエレオノーラの頬をむにむにと触り、アルフレードはその頬の感触を楽しむ。

そしてひとしきり感触を楽しんだアルフレードは、まだ唸っているエレオノーラを現実に呼び戻す。


「そろそろ大丈夫かい?」

「はっ!」


エレオノーラが戻ってきたことを確認するとアルフレードは話を再開する。


「まぁ何を言いたいかって言うとね?エレオノーラはよく自分を卑下するけど、私はエレオノーラの長所だけじゃなくてエレオノーラが隠したがる部分も含めて全部まるまる愛おしいんだよ」

「アルフレード様・・・」

「だから、これからも不安なこととか色々あるかもしれないけれど、私からの愛だけは疑わないで?もし不安になることがあったら弟君じゃなくて私に直接言って?」


アルフレードの問いかけに、エレオノーラは自分の視界が霞んでいくのを感じ、また顔を逸らそうとする。

しかし、既に両手で顔を挟まれており、エレオノーラは顔を逸らすことも視線を逸らすことも出来きなかった。

アルフレードはそんなエレオノーラの揺れる瞳をじっと見つめ、優しく目尻を撫でる。


「エレオノーラが抱える悩み全部とは言ってあげられないけど、少なくとも私に対する悩みとか不安は絶対解消してみせるから」


ふっと笑ってみせるアルフレードに我慢していたエレオノーラの瞳から涙が零れた。

声を押し殺して泣くエレオノーラの頭を優しく自分の方に引き寄せ、アルフレードは先程とは違いふんわりとエレオノーラを抱きしめる。


「愛しているよ、エレオノーラ」

「はいっ・・・私も愛していますっアルフレード様・・・」


エレオノーラはアルフレードの背中に手を回し、ぎゅっと抱き返したーーー。


「それで、アルフレード様は大丈夫でしたか?」

「はい?」


廊下を歩きながら、ファルクロード侯爵がファルロスにおずおずと問いかける。


「ほら、彼って昔からエレオノーラ一筋でしょう?学園に入る前、王都に行くエレオノーラの為に専用のなにやら色々な装置を内蔵した馬車とか絶対何か仕込んであるブレスレットを贈ってくれましたし、色んな拘束装置とかの仕組みをエレオノーラに教えておくように助言してくれたのも彼ですし・・・。今回、領地でエレオノーラが拉致されたと知らせを受けた時、エレオノーラの心配もそうなのですが、彼が暴走しないかも心配でして・・・」

「あぁー・・・まぁ大丈夫・・・ではなかったですけど犯罪は犯していないので安心してください」

「それはセーフなのですか?!」


ファルロスはファルクロード侯爵の問いかけに曖昧な返事をしながら遠い目をして心の中で大きなため息をつく。

これから城に戻ったファルロスにはアルフレードの行った対処の後始末が待っているのだ。


「まぁ王族としても、アルフレードの友人としても、エレオノーラ嬢にはこれからも健康にアルフレードの隣にいていただきたいですね。そもそも、あいつのあの重っ苦しい愛情を受け止められるのはエレオノーラ嬢だけでしょうし」

「そうですな・・・」


ファルクロード侯爵とファルロスは部屋で仲良く話している2人を想像して深く頷き合った。

3日目はここまでです。

明日はラスト2話です。最後までよろしくお願いします。

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