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3日目です。
よろしくお願いします。
アルフレードが足を踏み下ろす瞬間、瓦礫の一部がガラガラと崩れ、1人の男が這い上がる。
「俺だよ俺」
瓦礫の中からボスの男が立ち上がり、服の小さな瓦礫を払いながらアルフレードの方へと歩き出す。
「いやぁーあんたやっばい奴だな。あれは一体どんな魔法なんだ?」
男は通常と変わらぬ様子で歩きながら、チラッとアルフレードの足元に目をやる。アルフレードの足は、足元の賊の顔の真横を踏み抜いていた。
「一体どんだけ魔法を使えるんだ?全く嫌になっちまうぜ」
「・・・」
アルフレードは、男がこちらに歩いてくるのをじっと見つめる。
男は呑気に喋りながら段々とアルフレードとの距離を詰めていく。そして自分の間合いに入った瞬間、手元に隠し持った小型ナイフで躊躇なくアルフレードの首を狙う。
「アルフレード様っっ・・・!」
男の奇襲に気づいたエレオノーラは咄嗟に声を上げる。
「遅いっ!」
男の刃先がアルフレードの首に触れようとしたその時、男の動きがビタッと静止した。
「・・・っっ!?!?」
男が硬直し自由を失ったことに驚く間もなく、その身体は宙に浮いていく。
男が自分の置かれている状況に追いつけないでいると、急に体の硬直が解かれそれと同時に首を絞められているような苦しさが男を襲った。
「はぁっ?!がっ!」
息が出来なくなった男は咄嗟に手に持っていたナイフを床に投げ捨て気道を確保しようとじたばたと暴れ始める。
カランカラン・・・
「大丈夫だよ、エレオノーラ。言ったでしょ?後は任せてって」
アルフレードは後ろを振り返りエレオノーラに笑顔を向ける。その顔を見たエレオノーラは、ほっとしてそのまま意識を手放した。
エレオノーラが気を失ったことを見届け、アルフレードはくるっと男の方に向き直す。
男は必死に呼吸をしようと首を絞めている何かを解こうともがくが、その手が何かに触れることはない。
そんな男の様子をアルフレードは冷たい目で見上げていた。
「言っただろ。エレオノーラの治療があるから時間が無いんだ。とりあえず、お前だけはここで殺・・・」
「何やってんだ馬鹿野郎!!!」
アルフレードがこのまま男の息の根を止めようとしたその時、遅れてやってきたファルロスがアルフレードの頭を思いっ切り引っぱたいた。
頭を叩かれたアルフレードは固まっていたが、ファルロスは気にせずアルフレードに怒鳴り声を上げる。
「こいつらには色々聞かなきゃいけない事があるからここで殺しちゃ駄目だろ!それに、こいつら殺すよりもまずは自分の婚約者の治療を優先しろ!」
ファルロスの言葉を黙って聞いていたアルフレードだったが、しばらくすると宙に浮いていた男が地面に落ちた。
「はぁっ!・・・っっはぁっはぁっ!」
身体の自由と呼吸を許された男は肺いっぱいに空気を取り込む。
そんな男の様子を見てファルロスがため息をついていると、横にいたはずのアルフレードが消えていた。
「ファルロス殿下」
後ろからする声の方を振り返ると、エレオノーラを横抱きにしているアルフレードがファルロスの方を見ている。
「殿下の言う通り、今はエレオノーラを優先します。ここの対応は任せますが、そいつらとあれへの罰は行います。・・・よろしいですよね?」
有無を言わせぬ圧を感じ、ファルロスは大きくため息をついた。
「今回はお前に迷惑をかけたからな・・・承知した。落ち着いたら城へ来てくれ」
「ありがとうございます。それでは」
ファルロスに頭を下げ、降りてきた時と同じように浮遊魔法を使って地上へと上がるとアルフレードの姿はすぐに見えなくなった。
しばらく上を見上げ、アルフレードの姿が見えなくなった事を確認したファルロスは賊たちへ視線を向ける。
その時、賊達はすでにファルロスと一緒に来た騎士達によってその身を拘束され、次々と部屋の外へ連れていかれていた。
「お前ら巻き込む相手を間違えたな・・・はぁ・・・」
賊の背中を見ながら、ファルロスはここに来てから何度目か分からないため息をつく。
今回、ミスティーアの拉致事件にエレオノーラが巻き込まれたのは国としては不幸中の幸いだった。
エレオノーラが居なければ、ミスティーアを無事に連れ戻すことは出来なかったかもしれない。
実際、ミスティーアは怪我もなく無事に戻って来ることが出来た。
しかし、アルフレードを知るファルロス個人としては、今回エレオノーラが巻き込まれてしまったことは非常にまずい事だった。
「あいつ、聖女に危害を加えたりは流石にしないよな・・・?」
心の声が口からポロッと零れた。
「ファルロス殿下!こちらに来てください!」
「・・・あぁ、今行く」
遠くから後処理をしている騎士に呼ばれ、短く返事をする。そのまま騎士の元へと向かいながら、ファルロスはこの先で待っている未来が平和であることを祈ったーーー。
エレオノーラ達が賊に拉致された事件から2日後、ファルクロード侯爵家の一室。
部屋で寝ているエレオノーラから少し離れた所で、メイドとアルフレード達は話をしていた。
「今日も目は覚ましていませんか?」
「はい・・・お医者様の話ではそろそろ目を覚ますはずなのですが・・・」
「・・・やっぱり、もう少し痛めつけてこようかな・・・」
「きっきっともうすぐ目を覚ますさ!もう少し様子を見よう?な?な??」
(・・・誰かの声・・・)
意識の遠くで誰かが話す声が聞こえる。
瞼の外に光を感じ、エレオノーラはゆっくりと目を開き、その眩しさに目を細めた。
「・・・・・ん・・・」
「っ!エレオノーラ?私の声が聞こえる?」
「あ・・・アルフレード様・・・?」
「おぉっ!良かった!目を覚ましたな!」
「だっ旦那様を呼んで参ります!」
目を覚ましたエレオノーラに三者三葉の反応を見せ、メイドは急ぎ足で部屋を後にする。
(ここは、私の部屋・・・)
見慣れた天井を見つめ、段々と意識がはっきりしてきたエレオノーラは頑張って起き上がろうとした。
しかし、上手く身体に力が入らずに苦戦していると、いつの間にか横に来ていたアルフレードがそっと背中に手を回しエレオノーラの身体を起こした。
「目を覚ましたばかりなんだから、あまり無理しちゃ駄目だよ」
「申し訳ありません・・・ありがとうございます」
エレオノーラがお礼を言うと、アルフレードはにっこ
りと微笑んでサイドテーブルに置かれたコップに水を注ぎ始める。
まだ頭が働かずアルフレードの横顔をぼーっと見つめていると、水を注ぎ終わったアルフレードがコップを持ってエレオノーラのベッドの端にゆっくりと腰掛けた。
「喉が渇いているだろ?ゆっくりでいいから、これを飲んで」
差し出されたコップを受け取り、ゆっくりと口に水を含む。
すると、アルフレードの言っていた通り喉が渇いていたのか、エレオノーラはそのまま注がれた水を全て飲み干した。
「っはぁ・・・」
水を飲み干し、コップを口から離すと横から伸びてきた手がそのままコップを奪い取る。奪われたコップを目で追うとアルフレードの顔が目の前に現れ、エレオノーラの顔を覗き込んでいた。
「もう少し飲む?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます、アルフレード様」
「うん。欲しくなったらすぐに言ってね」
アルフレードはエレオノーラの返事を聞きニコリと微笑むと、コップをサイドテーブルに置き、起きたばかりで少し乱れたエレオノーラの髪に手を伸ばし撫でるように梳かし始める。
すると、自分が寝起きということにようやく気がついたエレオノーラの頬が一瞬で真っ赤になり、アルフレードの手をどかそうとする。
「この手は何?」
「もっ申し訳ありません。自分が寝起きだと気が付かず・・・きっきちんと身なりを整えてきますので・・・」
「エレオノーラは怪我人で2日間寝たきりだったんだよ?そんな事は今気にしなくていいから」
「でっですがっ!・・・ふっ2日?私、2日間も寝ていたのですか・・・?」
思ったよりも寝ていたことに驚き、動きを止めるエレオノーラ。
そんなエレオノーラに対し、気にせず髪を梳かし続けるアルフレード。
そして、部屋の中で空気と化していたもう1人が咳払いをして自分の存在を主張する。
「ゴホンッ。あぁーそろそろ私も会話に混ざってもいいかな?」
「っ!ファルロス王太子殿下!こんな状態で申し訳ございませんっっ!」
ファルロスの声を聞いて我に返ったエレオノーラは今度こそアルフレードの手をどけ、ベッドの上で頭を下げる。
「あぁ、いいいい。楽にしてくれ。勝手にアルフレードに付いてきただけで、完全にプライベートだから気にするな」
ファルロスはそう言うとゆっくりエレオノーラに近づき、顔色を確認する。
エレオノーラが顔を上げてファルロスを見上げると、その顔を見て大丈夫そうだと判断したファルロスはふっと笑って一歩下がった。
「顔色もいいし、もう大丈夫そうだな」
「はい、この度はご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
「やめてくれ。今回、エレオノーラ嬢には感謝こそすれ、謝罪される覚えはない。寧ろ、こちらが巻き込んでしまい、怪我までさせてしまった。申し訳ない」
ファルロスがすっと頭を下げると、エレオノーラの顔色が一気に青くなる。
「やっやめてください!王族の方が私などに頭を下げないでください!」
必死にファルロスの行動をやめさせようと声を上げるが、ファルロスは無視して頭を下げ続ける。
エレオノーラはどうしていいか分からなくなり、隣に座っているアルフレードの方を見る。
いつの間にかまたエレオノーラの髪を梳かし始めていたアルフレードはエレオノーラの視線に気づき、ニッコリと微笑み返す。
こちらが困っていることを分かっていて何もする気がない様子を見て、エレオノーラはアルフレードをきっと睨みつけた。
「アルフレード様っ!」
「・・・はぁ。殿下、エレオノーラが困っているのでその辺にしてください」
何処か残念そうにファルロスに声をかけるアルフレード。
その声を聞き、ファルロスは許しを得た子供のようにぱっと顔を上げてエレオノーラを見た。
「エレオノーラ嬢は、アルフレードには勿体ないくらい優しいご令嬢だな」
「まだ頭を下げていた方が良さそうですね」
「アルフレード様っ!」
一国の王太子に無礼を重ねるアルフレードをエレオノーラが咄嗟に止めに入ると、ファルロスは大きく笑った。
「はっはっは!私は気にしていないから大丈夫だよ、エレオノーラ嬢。それに先程の謝罪は王族としてと言うより、アルフレードの友として友人の婚約者を危険に晒したことと私の婚約者を守ってくれたことへの個人的な行為だ。だから気にせず受け入れてくれると嬉しい」
そう伝えるファルロスは気を遣っているようには見えず、エレオノーラが困惑しつつ黙って頷くとファルロスはほっとした顔で笑った。
そして、そんな2人の様子を見ていたアルフレードは布団に置かれたエレオノーラの手に自分の手を重ねる。
その手に気がついたエレオノーラがアルフレードの方を見ると、目が合ってニッコリと微笑まれたので、エレオノーラもつられて笑い返した。