3
「その者は私の従者です。これ以上危害を加えることは許しません」
「・・・ほぉ、ずいぶん物騒だが・・・俺らと殺り合うつもりか・・・?」
従者に跨っていた男がゆっくりと立ち上がり、腰のナイフの柄に手をかける。
すると様子を見ていた周りの賊も次々と戦闘態勢に入った。
エレオノーラは賊を警戒しつつ、ちらっと従者とミスティーアの様子を確認する。
倒れた従者は気絶し、ミスティーアは拘束されている賊にナイフを突きつけられていた。
(劣勢ですね・・・)
自分1人であれば切り抜けられたが、この状況で全員を助け出す力をエレオノーラは持ち合わせていなかった。
制服の上から手首を触り、覚悟を決めたエレオノーラはゆっくりと口を開く。
「・・・私はファルクロード侯爵家のエレオノーラと申します」
「ファルクロード?聞かねぇ家名だな」
「あら、それは残念ですわ。なにぶん領地が辺境にあるもので、あまり有名ではないのです。ただ、場所が場所なので、己の身は己で守れと幼い頃から鍛えられてきました。頑張れば、皆さんを制圧することもできるかもしれませんわね」
そう言うと、エレオノーラはゆっくりと手の平を上に向けてゆっくりと扇ぐ。すると、足元の転がった石が次々とエレオノーラの周りに浮き上がった。
石に囲まれたエレオノーラは目の前の賊に向かって優雅に笑ってみせる。
「ほぉ・・・それは楽しそうだな・・・」
目の前にいるボスと思われる男は、手をかけていたナイフの柄をぎゅっと握りなおす。
その瞬間、ミスティーアを拘束している賊のナイフにも力が入ったことをエレオノーラは見逃さなかった。
エレオノーラがぱっと両手を上げ降伏のポーズをとると、一緒に石にかけていた魔法も解除する。
浮いていた石がすべて重力に従って下に落ちていく様子を賊たちは警戒を緩めずじっと見つめた。
「ですが、今はミスティーア様が人質となっていますので戦闘はしません。・・・一つ、条件を呑んでいただければ、私は大人しく拘束されてあなた方についていきますわ」
「・・・条件ってのはなんだ」
「ここにいる者にこれ以上危害を加えないことです。それさえ呑んでいただけるのであれば、拘束具でもなんでも付けますわ。どうせ、お持ちになっているのでしょう?」
賊を挑発するようにエレオノーラが笑う。
正面にいる男は、エレオノーラの意図を伺うようにその様子を黙って見つめていた。
そして、エレオノーラに抵抗の意思がないと判断すると、ナイフの柄から手を離してエレオノーラに近づく。
「オーケーだ。その条件を呑もう。こっちもここでこれ以上時間を使うわけにはいかないんでな」
「・・・ありがとうございます。約束を破ったら、どこであろうと暴れますからね」
「分かっている。そんなリスクを負うつもりはない。お前ら!さっさとこの二人を連れてずらかるぞ!」
男が声を上げると、他の賊も戦闘態勢を解き一斉に退散する準備に取り掛かる。
ミスティーアに突き付けられていたナイフも首からすっと離れていき、エレオノーラは賊に分からないように小さく安堵のため息を零した。
しかし、賊に拘束されている事実は変わっていない。腕を乱暴に掴まれたミスティーアがエレオノーラの隣まで連れてこられた。
エレオノーラは不安そうな顔をして自分を見るミスティーアに気がつくと、安心させるように笑顔で応える。
すると、何やら木箱を抱えた賊がボスの男へ駆け寄ってきた。
男は木箱を開け中身を確認すると、エレオノーラ達へ見せつけるようにそれを持ち上げた。
「お前らには今からこの魔力操作制限装置をつけてもらう。一見するとただの手錠だか、魔法を使おうとすると電流が走るようになっている代物だ。さらに、お前らがつけるのは俺らが改造してより強力な電流が流れるようにしてある一等品だ。お貴族様の魔力量は俺らとはけた違いだからな、備えあれば憂いなしってやつだ。大人しくしていることをお勧めするぜ」
エレオノーラは男が話している後ろで木箱を片付けている賊をチラッと確認すると、すぐに目の前の男に視線を戻す。
そして、ニヤニヤと不快な笑顔でこちらを見ている男に黙って両手を差し出したーーー。
「それじゃ、ここで大人しくしといてくれよ」
賊に拘束され馬車に乗せられたエレオノーラとミスティーアは、王都から離れた森の中にある廃墟に連れてこられていた。
「・・・」
壁際で身を寄せあって座る2人に忠告しつつ、ボスの男と数名の賊はそれだけ言って部屋から出ていく。
最後の一人が出ていく時に扉に鍵をかけ、エレオノーラ達は部屋に監禁された。
扉の外から聞こえてくる足音が遠のいていくのを確認し、エレオノーラは小さく息を吐いて部屋の中を見回す。
連れてこられたのは、物置のような暗い半地下の部屋だった。横の壁際に木箱が乱雑に積まれ、そのまま上の方に目をやると、通気口のような小さい窓から月明りが差し込んでいた。
「面倒臭いことになりましたわ・・・」
「ファッファルクロード様・・・私たち・・・どうなってしまうのですか・・・?」
まだ事態が呑み込めていないのか、ミスティーアは瞳に涙を溜めて今にも泣きそうな顔をしている。
「あの方々は、聖女もしくはファルロス殿下の婚約者としてのミスティーア様を拉致して何か悪巧みしているようですね。すぐに何かされる、ということはなさそうですが、ずっとここにいるのも危険でしょう」
「わっ私が狙われて・・・?」
自分が狙われたことに驚きが隠せない様子のミスティーアの様子に、エレオノーラは小さくため息をついた。
(頭の中にお花畑でもあるのかしら)
「貴族を拉致し、交換条件に多額の金銭を要求する・・・捕まらずに実現可能とは思いませんが、そういったことを考える方もいるのですよ。今回の賊が金銭目的かは分かりませんが」
「そっそんな・・・」
我慢して貯めていた涙がついに決壊してミスティーアの頬を伝った。
「うっうぅぅ・・・」
顔を手で覆って泣き出してしまったミスティーアに若干呆れつつ、手錠のかかった両手をミスティーアの背中にまわし、一定の速度で優しくポンポンと叩く。
(はぁ・・・泣きたいのはこちらなのですけれど・・・置いてきてしまった皆さんは無事に目を覚ましたかしら・・・怪我、酷くないといいのだけど・・・)
自分と同い年の少女をあやしつつ、エレオノーラは拉致現場に置いてきた従者たちのことを考えていた。
自分を決死の覚悟で護ろうとしてくれた従者、強く顔面を強打しているため大事がないことを祈るーーー。
(・・・さて・・・そろそろいいですかね)
「ミスティーア様、落ち着かれましたか?」
「はっはい・・・すみません、ファルクロード様をこのようなことに巻き込んでしまって・・・」
しばらく泣いて落ち着いたミスティーアは、鼻をすすりながらエレオノーラに謝罪した。
「今は謝罪を言っている場合ではありませんわ。それに、ミスティーア様お一人で捕まるという最悪を阻止できたと思えば、まぁ悪くはありません」
「でっですが・・・」
「しっ・・・」
ミスティーアが喋ろうとした瞬間、部屋の外に人の気配を感じたエレオノーラがそれを止める。
カツカツカツ・・・キィィー・・・カタン・・・カツカツカツ・・・
扉に付いている覗き穴の蓋が上げられ、そこから光が差し込んだと思ったら、すぐに閉じられた。
外の足音が聞こえなくなると、エレオノーラはゆっくりと口を開く。
「・・・行ったようですね」
「いっ今のって・・・」
「見回りですね、恐らくは一定の時間が経過したら様子を見に来るようにしているのでしょう。」
「見回り・・・」
「私たちがここに閉じ込められてからだいたい半刻ほどですので、次の見回りは半刻後ですかね。確証はありませんが」
確証を得るのであればもう少し様子を見たいところだが、相手がいつ動き出すか分からないのでエレオノーラは次の行動に移すことにした。
まだこの状況に追いつけていないミスティーアの前に手錠の嵌められた手を差し出す。
「ミスティーア様、私の手を見ていてください」
「手?」
ミスティーアが視線を落としたことを確認すると、エレオノーラは土魔法によって一つのカギを生成した。
「えっ?!」
目の前で起こった事が信じられず、ミスティーアは置かれている状況を忘れて声を上げる。
「静かにっ」
「あっ!」
軽く注意をすると、ミスティーアはぱっと自分の口を両手で塞いだ。
しばらく黙っていたが、特に賊が来ないことを確認したエレオノーラは説明を始めた。
「これは私たちの手錠の鍵です。」
「えっなんでエレオノーラ様が手錠の鍵を作れるんですか?!」
「手錠をかけられる時に木箱から取り出される鍵を見ました。これは、その記憶を頼りに生成したものです。」
「でっでも、手錠をつけたまま魔法は使えないって・・・」
(・・・この状況でなんでこんなに質問してくるのかしら・・・全然話が進まない・・・)
空気を読まないミスティーアに若干イラつきつつ、エレオノーラは自分の手首に繋がれた手錠を見た。
今、エレオノーラ達を拘束している魔力操作制限装置は、その名の通り装着した者の魔力操作を制限する働きがある。
万が一、装着者が魔法を使おうとした場合、装置がそれを感知し電流を流し魔法を抑止するとともに、手錠と対になっている端末に装置が作動したことを通知する仕組みになっている。
「あの人達、手錠の電流の威力は改造して強力なものにしてあるから下手な真似はするなって・・・」
「そうですわね。確かに感知されてしまっていたら相当な電流が流れていたと思います。でも、感知されない程度の魔力であれば、この装置は起動しませんわ」
「えっ・・・?」
上手く理解できていないミスティーアにエレオノーラは優しく説明する。
「私は、この装置をお父様に見せていただいたことがあります。この類いの装置は設定された量の魔力を一定時間内に消費すると感知するように作られています。攻撃魔法は魔力を大量に使うので確実に感知されますが、生活魔法程度の魔力を感知する精度の装置は今のところ開発されていません」
エレオノーラが学園に通うために王都に向かう際、『王都は何があるか分からないから』とファルクロード侯爵は色々な装置をエレオノーラに見せ、その仕組みを教えた。
魔力操作制限装置もその時に仕組みを説明され、実際に装着してその効果は実体験済みだった。
(あの電流は痛かったな・・・)
正直過保護過ぎると呆れていたが、エレオノーラはあの時この装置のことを教えてくれた父に感謝の念を送った。
そして、実際に装着して感知されない魔力量のコントロールを経験していたエレオノーラにとって、装置に感知されずに魔法を使うことはそこまで難しいことではなかった。
「でっでは私も魔法を使っても大丈夫なのですか?!」
ミスティーアはエレオノーラの説明に期待を露わにするが、エレオノーラはその発言を冷たく切り捨てる。
「いいえ。申し訳ないですが、それは出来ないと思います」
今日はここまでです。
また明日、よろしくお願いします。