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【番外編】エラルド・ファルクロード(上)

書きたかったエレオノーラの弟のお話です。

「坊ちゃまっお待ちくださいっ!」


普段は静かなファルクロード侯爵家の廊下に男の焦り声が響く。

その声の先にはエレオノーラの弟エラルドの姿があった。


エラルドは声の主の静止を無視して姉の部屋へと急ぐ。


「お姉様・・・」


エラルドがミスティーアと聖女の誘拐騒動を知ったのは、ミスティーアと聖女が行方不明になってしばらく後のことだった。


学園の中等部に通うエラルドと高等部のミスティーアの帰宅時間が被ることはほとんどなく、今日もミスティーアよりも早く講義が終わったエラルドは一足先に屋敷に帰宅していた。

帰宅したエラルドがいつも通り部屋で本を読んでいると、扉が乱暴にノックされる。


ドンドンドンッ


「坊ちゃま!いらっしゃいますか!」


この屋敷で、エラルドのことを「坊ちゃま」と呼ぶのはエラルドの従者であるアギトしかいない。

エラルドはいつもと違うアギトの雰囲気を感じ取り、読みかけの本を閉じて扉を開けた。

目の前に立っているアギトを見上げると、そこにはいつもの冷静沈着なアギトはおらず、焦りと恐怖が入り混じった表情のアギトが立っていた。


「・・・何があった」

「お嬢様が行方不明になったとのことです。どうやら聖女様と帰宅しようとしていたらしく、道の途中に襲われた形跡のある聖女様の馬車と意識不明の従者たちが倒れていたと・・・そして、その倒れていた従者の中にカルの姿があったようです・・・」


アギトの言葉を聞いた瞬間、エラルドは廊下へ飛び出そうとした。

しかし、目の前に立つアギトがそれを阻止する。


「どこに行かれるというのですか」

「・・・アルフレード様はまだ学園にいらっしゃるだろう。あの人の近くにいれば一番早くお姉様を助けに行ける」

「そのアルフレード様から、坊ちゃまを屋敷から出さないようにと言われております」

「・・・なぜ?」


エラルドは無表情のままアギトを見上げる。

普段怒りを見せないエラルドはこの時も決して顔に感情が出ていたわけではない。

しかし、アギトはそのただならぬ雰囲気に思わず唾をのんだ。


「今回、お嬢様と一緒に居られた聖女様が狙われ、お嬢様はそれに巻き込まれた可能性が高いそうです。ですが、まだお嬢様が標的だった可能性がなくなったわけではありません。標的がファルクロード侯爵家だった場合、今坊ちゃまが動かれるのは賢明ではないと・・・」

「・・・」


アギトの言葉を聞き、考えるように下を向くエラルド。

しばらくして考えを纏めたエラルドはくるっと振り返って読みかけの本の元へ戻って行った。


「アルフレード様の考えは分かった。まぁ、僕が居ても邪魔だろうしこの部屋で大人しくしているよ」

「坊ちゃま・・・」


アギトはそう語るエラルドの背中を見つめ、深くお辞儀をして部屋を後にした。

アギトが去った後、エラルドはローテーブルに置かれた本を見つめて誰もいないはずの部屋の誰かに向かって話しかけた。


「どうせ僕の見張りを頼まれた人が2,3人いるんでしょ。僕は大人しくしているから、君たちのご主人様に伝えて」


エラルドの言葉に返事が返ってくることはないが、エラルドは気にせず言葉を続ける。


「僕に動くなって言うなら、絶対にお姉様を助け出して。もしお姉様に何かあったら・・・死んでも許さないし死ぬほど後悔させるから」


エラルドはそれだけ言うとソファに座って読書の続きを始めた。

しばらくして、ファルクロード侯爵家から黒い人影が一つ学園の方角へ飛び出していったが、それに気づいた者はいなかったーーー。


「ーーーとのことです」


エレオノーラのブレスレッドからの反応を受け取り、馬を走らせていたアルフレードはエラルドに付けていた私兵からの報告に耳を傾けた。

黙って前を向いているアルフレードの後方で報告を聞いていたファルロスはその内容に苦笑いした。


「相変わらず姉一筋だな」

「まぁ、エレオノーラが進学して王都に行くからと学園の中等部に飛び級で入学したくらいですからね」


エレオノーラたちの通う学園は11歳から13歳の令嬢令息が通う中等部と13歳から16歳までの高等部に分かれている。

中等部までは各領地に設置されている分校で学ぶ貴族が多く、エレオノーラも中等部はファルクロード領にある分校に通っていた。

しかし、高等部からは王都にある学園への進学が必須となる。


エレオノーラが中等部を卒業する年、まだ8歳だったエラルドは姉が来年から領地を離れることを聞かされた。

当時、エレオノーラの金魚の糞状態だったエラルドにとって、その事実は到底受け入れられるものではなかった。

しかし、貴族としての務めであることも理解していたエラルドは姉に行かないでほしいなどとわがままも言うことはできない。

そんなエラルドが導き出した答えは、「自分が姉と一緒に王都に行けばいい」という単純なものだった。


その後、両親に学園への飛び級試験を受験すると伝え、困惑する両親を半ば無理やり納得させて期限ギリギリで試験の申し込みを済ませた。

そしてエラルドは見事学園の飛び級試験に合格し、姉と共に王都へとやってきたのだ。


「確か9歳での入学は最年少記録だよな?」

「そうですね。厳密に言うと、試験を受けたときはまだ8歳だったようですが」

「エレオノーラと一緒にいたい一心で頑張ったんだろ?それで合格してるんだから大したものだ」

「・・・頑張ったから合格した、というのは少し不適格だと思います」

「?」


アルフレードの言葉にファルロスが首を傾げる。


「試験が行われる1か月前、私はエレオノーラが王都へ行く準備を手伝いにファルクロード侯爵家に数日間滞在していました。その時見ていた感じだと、彼は試験対策をほとんど行っていなかったと思います」

「・・・は?」

「普通は過去の出題資料などを親に準備してもらうのが一般的です。しかし、彼はそういったものの手配を断り、特に試験対策もせずに試験に挑んだようです」

「・・・飛び級試験って確か、決まった学習範囲から200問出題されて、それを1時間以内に説いて正答率90%以上が合格条件だったよな?」

「はい。生半可な奴は普通に入学して来いという学園の意図でしょう。学習範囲は例年変わらないので、より多くの過去問を覚えた者が有利とされていますが、まぁそもそもの問題数が多いですからね。実際、学園が始まってから飛び級での合格者は2桁いっていなかったと思います」


ファルロスが驚愕している中、アルフレードは馬に乗って並走している私兵に下がるよう合図し、馬の速度を上げた。


「我が国最高峰の学園に飛び級してくる時点で分かりきっていますが、彼は間違いなく天才ですよ。私からしたら、ただの可愛い義弟おとうとですけどね」

「・・・可愛いって・・・」

「可愛いですよ。姉思いのいい子です。初めて会った時、何も言わずに私の手を引いて部屋に連れ込み『お姉様を取らないで』と泣かれたのが懐かしいです」

「へぇー全然泣かなそうな顔しているけどな」

「私の前では、昔からよく泣いていましたよ。その話をエレオノーラにしたら、本気で婚約破棄を検討し始めて説得するのが大変でした」


こんな状況であっても、アルフレードは昔を思い出して顔を綻ばせた。


「そんな子からの頼み事ですから、必ず守らなければいけませんね」

「頼み事っていうか脅迫に近い気がするけどな・・・」


先ほどと同じ苦笑いを浮かべるファルロスはさらに速度を上げたアルフレードの背中を追ったーーー。


日が落ちて暗くなった部屋の中、エラルドが本をめくる音だけが空間を支配していた。


コンコンコン


「坊ちゃま」


部屋の扉をノックする音が響いた後、アギトの呼びかけにエラルドは素早く反応し扉を開けた。

エレオノーラの一報を伝えに来た時と違い、その顔はいつものアギトに戻っていた。


「進捗か?」

「はい。先ほど、アルフレード様と一緒にお嬢様がお帰りになりました」

「そうか・・・良かった・・・」


アギトの言葉にエラルドはホッと胸を撫で下ろし口元に笑顔を作った。

そんなエラルドの様子を見て少し言いにくそうな顔をした後、アギトは言葉を続けた。


「ですが・・・捕まった際に怪我を負ったようです。命に別状はなく応急処置も済んでおりますが、聖女様を逃がすために魔力も使い果たされたようで今はお眠りになっております」


アギトがそう続けると、エラルドの顔から笑顔が消えた。

再び部屋を飛び出そうとするエラルドをアギトが止めると、エラルドはキッと下からアギトを睨みつける。

しかし、アギトは首を横に振ってエラルドに伝えた。


「現在は絶対安静でお休みになっておられます。明日、改めて会いに行きましょう」

「・・・アルフレード様は?」

「お嬢様が横になったのを確認された後、まだやり残していることがあるからとすぐに出ていかれました」


アギトがそう告げると、エラルドは何も言わずに俯いた。

黙ってしまったエラルドからアギトは部屋の奥へと視線を移す。

先ほどまでエラルドが座っていたソファとローテーブルの周りには数十冊の本が積み上げられていた。


「・・・本を読まれるのであれば部屋を明るくしてください」

「・・・お姉様に会える状況になったら教えてくれ」


エラルドはそれだけ伝えて部屋の扉を閉じた。

テーブルの上に置かれたランプだけが部屋の中を薄暗く照らしている。

そんな中、エラルドはベッドの方にのろのろと向かうと倒れ込むように横になった。

決して眠くはない。

瞼の重さも感じず、意識もはっきりしている。


(怪我の具合はどの程度なのだろうか・・・誰かに負わされた怪我なら、お姉様に手を上げたのは誰だ・・・魔力も使い果たしたって・・・お姉様は魔力がそこまで多くない・・・聖女を逃がすためって言ってもなら聖女自身がなんとかするべきだったんじゃ・・・なんでお姉様が・・・)


止まることなく巡る思考を放棄することもできず、エラルドはベッドから起き上がりソファへと向かった。

ソファに座って手近に積まれた本を手に取ると再び読書を始める。

既に何度も読んでいるせいで内容を諳んじることもできるが、今はただ思考を別のところへ向けたかった。

そうしてエラルドは一睡もすることなく夜を明かしたーーー。


「カルの怪我はもう大丈夫なの?」

「はいっ。私は顔を強打して気絶していただけですので、大した怪我はしておりません」

「そっか」


エレオノーラが帰宅した翌日、エラルドは自室に姉の従者であるカルを呼び出していた。

エラルドが怪我の具合を心配すると、鼻と額にガーゼを貼っているものの、当の本人は至って元気らしくエラルドに力こぶを作って見せた。


事件当時、いち早く目覚めたカルによってアルフレードにエレオノーラの状況が伝えられたことで、アルフレードたちは素早く行動することができた。

エラルドは改めてカルに感謝を伝えた。


「非戦闘員の君が最後まで頑張ってくれたんだってね。お姉様を護ろうとしてくれてありがとう。その後も、君の的確な行動でお姉様を迅速に助けることができたと聞いている。本当にありがとう」

「いっいえ!従者として本来はお守りするべきはずの方に守られてしまいました。そこまでお褒めいただくような働きはしておりませんっ」


カルが照れつつエラルドからの言葉に対して謙遜して見せると、エラルドは少し頬を綻ばせた。

そして、カルを呼び出した本当の目的を口に出す。


「それで、昨日はなんで聖女様の馬車で帰ることになったの?お姉様が使う馬車ってアルフレード様から指定されていたよね?」

「えぇ、そうなのですが・・・」


カルは言いづらそうに自分が見た状況をエラルドに話し始めた。

エラルドはカルが話している間、黙ってその話に耳を傾けた。


「ーーーで、お嬢様は聖女様の馬車に乗られました。今思うと、アルフレード様のお名前が出てきたタイミングでお嬢様の様子がおかしくなったように思います」

「・・・そうか・・・」


コンコンコン


「坊ちゃま」


ちょうどカルの話が終わったタイミングで部屋の外から声を掛けられる。

ノックに反応したカルがエラルドに許可をとって扉を開けるとアギトが姿を現した。


「なんだ」

「・・・私に対する態度が昨日から冷たい気がするのですが・・・」

「何の用だと聞いている」


アギトの訴えを無視して要件を言うように促すエラルド。

高圧的なエラルドの態度にため息をつきつつ、アギトは要件を伝えた。


「医者から許可が下りました。まだ寝ておられますが、面会自体は問題ないそうです」

「っ!良かったですね!エラルド様っ・・・?!」


アギトの言葉を聞いたカルが振り返ると、先ほどまで座っていたソファにエラルドの姿はなく、カルのすぐ横まで来ていた。

扉の前に立つアギトをじっと見つめ、エラルドは最後の確認をする。


「もう出るのを止めたりしないな?」


そう言われたアギトは体をずらし、エラルドの前を開けた。


「もちろんでございます」


アギトの言葉と同時にバッと部屋を飛び出していくエラルド。

流石に走っていくとは思っていなかったアギトが咄嗟に後ろから声をかける。


「坊ちゃまっお待ちくださいっ!」


そんなアギトの声を無視してエラルドはエレオノーラの部屋へと一直線に向かった。


「お姉様・・・」


小さな不安が頭を過るがそれを振り払って足を進め、姉の部屋の前に到着する。

扉の前で何度か深呼吸をして息を整えると、エラルドは扉をノックした。


コンコンコン


しばらく待つと、中から扉が少し開き屋敷のメイドが顔を出した。


「エラルド様、エレオノーラ様はまだ寝ておられます。大きな声は出さないようお気を付けください」

「分かっている」


エラルドの返事を聞いたメイドはゆっくりと扉を開けてエラルドを中へと招き入れた。

開いた扉から姉の部屋へと足を踏み入れ、右手にあるベッドへ目を向ける。


「っ!」


そこには額に包帯を巻いて寝ているエレオノーラの姿があった。

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