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【番外編】とある従者の災難(下)

番外編後半です。

引き続きお楽しみください。

自ら開けた扉にストッパーをかけると、アルフレード様は再び私達の方を振り向き戻ってきます。

そして、最初に立った位置に戻るとアルフレード様は私達全員の顔を見渡しながら言葉を続けました。


「今回は脱輪だったけど、遅かれ早かれ他の理由であの馬車は使えなくなっていた。魔法装置は万能じゃない。いくら装置で軽減しようと馬に負担はかかるし、魔法の干渉で上手く動作しなくなったり暴発したりすることがある・・・人の命を護るっていうのは常に最悪を想定して準備をしなけらばならない。それでも足りないぐらいなんだよ」


アルフレード様の言葉を、手紙を渡された者は俯き、渡されなかった者はアルフレード様の顔を見ながら黙って聞いています。


「だから今回の事件で君達を処罰しないというのは私にはどうしても出来なかった。だから侯爵家には失礼だけど、こちらで色々調べてそれを侯爵にお渡しした。屋敷の中に入れ替えるべき人間がいるってね。そしたら、侯爵もしぶしぶ納得してくれた。だから、これは正式な人事通達だ。手紙を受け取った者は即刻荷物をまとめ、渡されなかった者は自分の仕事に戻ってくれ」


アルフレード様がそう言い終えると、集められていた使用人が誰からともなく席を立ち食堂の扉に向かって歩き出しました。

その多くがアルフレード様の前で短く頭を下げ、その横を通り過ぎていきます。

早めに立ち上がった私も同じようにアルフレード様に頭を下げ、扉へと向かおうと足を進めました。

しかし、アルフレード様の横を通り過ぎようとしたその時、ガシッと誰かに腕を掴まれ、足を止められます。

嫌な予感がしつつ掴まれた腕の方を振り返り、私の腕を掴んでいる腕に沿って顔を上げるとそこにはアルフレード様の顔があり、私をじっと見つめていました。


「あっあの、私に何か・・・」

「カルにはもう少し話があるから残って」


短くそう言うとアルフレード様はすぐに私の腕を放してくれました。


「・・・・・・承知しました」


皆の邪魔にならないよう端に移動しながら、一番罪の重い私に一体どんな処罰が待ち受けているのか想像し私は天を仰ぎ見ました。

私とアルフレード様のやり取りを見た周囲の使用人達はこれ以上巻き込まれまいと皆足早に食堂を後にします。

最後にセドリックさんとリューゲンさんが出ていこうとした際、アルフレード様がお二人に声をかけました。


「私が手紙を渡した者に間違ってもファルクロード侯爵家やエレオノーラを逆恨みしないように伝えてくれ。あの人達は最後まで君達を解雇することに反対していたが、それを押し切ったのは私だ。それに、私は君達に紹介状を持たせるつもりはなかった。でも、エレオノーラから解雇するならせめて紹介状を書かせてくれと言われて仕方なく譲歩したんだ。だから、恨むなら私個人を恨むように伝えてくれ」

「「・・・承知しました」」


セドリックさんとリューゲンさんは振り返ることなくそう言うと、そのまま食堂から出ていきました。


「・・・」

「さて、待たせてしまってすまないね」


食堂から私とアルフレード様以外の人が全ていなくなると、アルフレード様は扉のストッパーを外し、食堂の端で待っていた私の方へ歩いてきます。

アルフレード様の肩越しに閉まる扉が見えた時、私は賊にナイフを振り下ろされた時と同じくらいの恐怖を感じていました。

あからさまに怯えている私を見たアルフレード様はふっと笑いを零されました。


「そんなに怯えなくていい。別に取って食うわけじゃない」


そう言いながら一番近くの椅子に腰かけたアルフレード様は、優雅に足を組んで私を見ました。

傍から見れば惚れ惚れするような貴公子に見つめられている状況ですが、私はまるで死神に見られているかのような気分になり下を向くことも声を出すこともできませんでした。


「正直、君の処罰に関しては実に悩ましかったんだ。立場的に一番下の君が先輩であるダルからの指示を断れるわけないし、従者が個人的に自分の仕事の合間に体を鍛えるというのは現実的ではない。そう考えるとあの時確かに君のできることはなかった」

「・・・申し訳ありません」


言葉のナイフで体を正面から何度か刺された私は必死に泣くのを我慢します。

自分があの屋敷で一番勤務歴が浅く、自分の仕事以外の時間で鍛錬をこなせるような器用な人間でないという自覚はありましたが、それを他人から直接言われるのは流石に堪えました。


「でも侯爵家に仕え、自分よりも優先して護るべき相手が目の前にいるのであれば、例え先輩や上司であれどきちんと自分の意見は言うべきだった。実際に君、最初はダルに『自分には荷が重い』って伝えていたんだろう?」

「はい・・・」


そう、ダルさんから自分の代わりにお嬢様の送迎をするように言われた時、私は自分にはできないとダルさんにはっきりと伝えていました。

しかし、ダルさんから馬車の性能やら王都がいかに安全か力説され、完全に押し負けた私は結局ダルさんの代わりにお嬢様の送迎を行うことになっていたのです。


「職場の人間関係の重要性は分かっているつもりだけれど、君にはそれよりも優先すべきものがあるんだからそこで折れちゃだめだ」

「申し訳ありません・・・」


アルフレード様は自動謝罪ロボットになりかけていた私を見て小さくため息をつくと足を組みなおして話を続けました。


「だからさ、君にも責任がないとは言い切れないから、他の使用人と同じように処罰しようと思っていたんだ。そしたら、エレオノーラに止められてね」

「お嬢様にですか?」

「そう。『彼はあの時点で自分が出来うる限りの方法で私を助けようとしてくれました。結果的には拉致されてしまいましたが、私が賊相手に交渉できたのは彼のおかげです。お願いなので、彼は解雇しないでください。私の送迎担当は彼がいいです』って」


私は我慢している涙が零れそうになるのを必死で耐えました。

あの時、私は何も出来ずに護るべきお嬢様に逆に命を救われました。

あの事件以降、自分の無力さをずっと感じていた私にとってその言葉は何物にも代えがたく、心をぽかぽかと温かく包んでくれました。

心の中で何度もお嬢様の言葉を反芻してお嬢様に思いを馳せていると、何かを感じ取ったアルフレード様が眉間に皺を寄せて私を現実に引き戻しました。


「エレオノーラから指名されてるだけでも若干腹立たしいのに、その顔が更に不快なんだけど」

「はっ!・・・もっ申し訳ありません。つい・・・」

「・・・まぁいい。それで、エレオノーラからお願いされちゃったし君を解雇することはやめたんだ。まぁ、今回のこともあったしこれからはエレオノーラを危険に晒すような判断をカルはしないと私は思っているんだけど・・・」

「もちろんです!もう二度と侯爵家の方々を危険に晒すような選択はしません!」


私はアルフレード様の目を見てしっかりと言い切りました。

その返答にアルフレード様は満足したように頷き、椅子から腰を上げて私の方へ近づいてきました。


「そうだよね。だけど、結局一番最初の問題が残ってしまうと思わないかい?」

「一番最初の問題・・・私が戦闘訓練を受けていないこと・・・ですか?」


私の回答にアルフレード様は笑顔で応え、私の目の前までやってくるとその手を私の肩に置きました。


「エレオノーラの条件としては君を解雇しないだけではなく“送迎担当も続けさせてほしい”というものだった。そうなると、結局君の根本的な問題を解決しない限り、君は君自身をエレオノーラの送迎担当として認められないだろう?」

「そっそうですね・・・」


そう、侯爵家の方々を危険に晒すような選択をしないのであれば、私がエレオノーラ様の送迎担当でいていいはずがありません。

しかし、それはエレオノーラ様の望まれていることではない・・・アルフレード様の言いたいことが分かってきた私は、おずおずとアルフレード様に問いかけました。


「・・・私に戦闘訓練を積ませる・・・ということでしょうか?」

「察しが良くて助かる」


アルフレード様は笑顔でそういうと、私の肩に置いていた手を放し、私の耳元で指をパチンと鳴らしました。

すると、全身真っ黒の装備を身に纏った方が突然私の真横に現れました。


「お呼びでしょうか」

「うわぁっ?!」


私が驚いて腰を抜かし尻餅をつくと、アルフレード様は肩の位置まで上げていた腕を下ろし真っ黒な方に命令を出しました。


「この腰を抜かしているのはエレオノーラの従者のカル。彼を一人でもある程度エレオノーラを護れるぐらいまで鍛え上げてくれ」

「・・・”ある程度”とはどの程度でしょうか」

「今回ぐらいの賊なら5分で制圧できるぐらい。もちろん、一人で。かつエレオノーラに傷一つ与えずに」


アルフレード様が笑顔でとんでもないことを言ってらっしゃいます。

状況が呑み込めない私は黙ってお二人を見上げることしかできませんでした。


「・・・」


急に無理難題を押し付けられた真っ黒な方は口元を隠されているので目しか見えませんが、恨めしそうな視線をアルフレード様に投げかけています。

そして、その視線に絶対に気が付いているであろうアルフレード様もそれをあえて無視して話を進めます。


「期限は1年間。ただ、ずっと預けるとエレオノーラとの約束を反故にしてしまうから、とりあえずこの後の春休みの期間中はまるまる預ける。その間に多少使える程度にはしておいてほしい。その後は、タイミングを作って訓練を続けて最終的には1年でさっき伝えたぐらいまで仕上げてきて」

「・・・」


未だにアルフレード様に恨めしそうな視線を向ける真っ黒な方はチラッと私の方を見た後、アルフレード様に問いかけました。


「見込みはあるのですか?」

「戦闘訓練を受けていないながら、襲撃直後に身を隠してエレオノーラを押さえつけていたやつに奇襲を仕掛けて成功している。結果的に護れはしなかったけど素質はあるんじゃない?」


アルフレード様はそう言い終えると私の方に視線を投げ、それに釣られるように真っ黒な方も私の方を見ます。

未だに腰を抜かして立てない私はお二人の視線に曖昧に笑うことしかできませんでした。

そんな私の様子を見た真っ黒な方は諦めたようなため息をつきアルフレード様の方へ視線を戻します。


「承知しました」

「うん、よろしく。・・・さて、カルそろそろ立てるかい?君に彼を紹介したいのだけれど」

「あっ申し訳ありません。大丈夫です」


まだ正直足が震えているが、立てと言われたので立たないわけにはいきません。

私は必死に立ち上がり、真っ黒な方に向き合いました。


「彼は私の個人的な私兵を率いてるジル。今まではうちの領地の方で色々動いてもらってたんだけど、今回のことがあって王都まで来てもらったんだ。基本的には隠密活動がメインだけど、王族の騎士団にも引けを取らないぐらい強いから安心して」


すごく衝撃的な紹介を受け、私が目を丸くしていると真っ黒な方、もといジルさんは居たたまれなくなったのかアルフレード様に抗議しました。


「あまり情報を盛らないでください」

「お前今の騎士団長に勝てないのか?」

「・・・五分五分じゃないですか」


二分の一の確率で勝てるのか・・・と私は目の前のジルさんがとてつもなくやばい人だと知り、また下半身の力が抜けてまた倒れ込みそうになります。

しかし、今回はジルさんがすぐに反応して私の腰を支えてくださり、二度目の尻餅は回避されました。


「大丈夫か?」

「はっはい。ご迷惑をお掛けしました・・・」


何とか体勢を持ち直しつつ、私はふと触れたジルさんの腕の硬さに衝撃を受けます。

私がジルさんの腕を離して改めてアルフレード様に向き直ると、それを黙って待っていたアルフレード様は話の続きを話し始めました。


「ということだからカル、君にはこれから私とエレオノーラが春休みの期間中、ジルの元で訓練を受けてもらう。ジルに鍛えられれば、私も安心して君にエレオノーラの送迎を任せることができる。もちろん、君が一人前になるまでは私の私兵を毎回送迎の時につけるから安心して」

「よろしく」


アルフレード様の右手が再び私の右肩に置かれ、ジルさんの左手が私の左肩に置かれると私は己の未来を悟りました。

”もう二度と侯爵家の方々を危険に晒すような選択はしない”とアルフレード様に誓いを立てた時点で、私に選択肢はなかったのです。


「よろしくお願いいたします・・・」


その日の夜、私は寝ていた所をジルさんに叩き起こされ、そのままほぼ拉致される形でジルさん達の隠れ家へ連れていかれました。


エレオノーラお嬢様、私を庇ってくださったこと大変嬉しく思います。

お嬢様に送迎担当を指名していただけたこと、私のこれからの人生の中でもこれに勝る喜びはきっとないでしょう。

ですが、私はもしかしたら解雇されていた方が幸せだったかもしれません・・・。

いいえ、そんな泣き言を言ってはいけませんね。

次にお嬢様の前に現れる時にはあの時よりももっとお嬢様の従者にふさわしい私になって戻ってまいります。

ですのでどうか・・・


「ちょっジルさん?!人間の関節はそんな方向には曲がりまっいだだだだだだだっっっ!」

「敵に捕まった時に関節ぐらい外せないと姫様を護れないだろが」

「だからって無理やり外そうとしないでくださっっいぎゃぁぁぁあぁぁぁっ!」

「おっ外れたな。次は嵌めるから感覚覚えろよ。次は自分で嵌めるんだからな」


・・・やはり今からでも解雇していただくことはできないでしょうか。

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