【番外編】とある従者の災難(上)
本編の累計PV数が20万を突破したことを記念して番外編を書いてみました。
物語冒頭と中盤にチョロッと出てきた彼のその後のお話です。
よろしくお願いします。
初めまして。
私はファルクロード侯爵家に仕える従者のカルと申します。
先日、エレオノーラお嬢様が事件に巻き込まれた際、現場にいたあの従者でございます。
正直、あの日は私の今までの人生の中で一番恐ろしい一日でした。
盗賊に襲われてナイフを首に振り下ろされた時は“死”を覚悟しましたし、お嬢様が攫われたことで私の首は確実に飛ぶと思っていました。
しかし、あの事件から1か月経った今も、私は元気にファルクロード侯爵家の従者として働いております。
なぜ未だに解雇されていないのか疑問は残りますが、結果的にお嬢様は無事に戻られ、私の首の皮もまだ繋がっているこの状況に素直に感謝しながら私は今日も元気に働いていました。
あの方が来訪されるまでは・・・。
丁度昼食が終わり、午後の仕事に取り掛かろうとしていた私は何故か使用人用の地下食堂に向かうよう指示を受けました。
頭の中に「?」を浮かべつつ言われた通りに食堂へ向かうと、そこには屋敷の使用人が大勢集められていました。
私は空いている椅子を見つけそこに座り食堂を見渡します。
すると、今日休みでいないはずの人の姿や家令と執事長の姿が見え、この屋敷で働く全ての使用人が集められているようでした。
ただ、誰もどんな要件で集められたのか聞かされていないようで、私達は椅子に座りながら時が来るのを待つことしかできませんでした。
そして全員が集合してからしばらくした頃、食堂の扉が開き、ある人物が中に入ってきました。
その姿を見た瞬間、私は思わずその方の名前を口に出していました。
「やぁ、待たせてしまってすまない」
「・・・アルフレード様・・・?」
私がそう言うと、周囲の使用人からもの凄く睨まれ、私はしまったと思って口を両手で塞ぎました。
本来は私のような身分の者が”アルフレード様”とお呼びすることは不敬中の不敬です。
事件の時は慌てていたので普段聞き馴染んでいる呼び名を叫んでしまいましたが、アルフレード様が走り去った後に騎士の方々からめちゃくちゃ怒られました。
ただ、やはりエレオノーラ様の影響で”ヴィラルーシェ様”よりも”アルフレード様”の方が馴染みがあるので心の中では”アルフレード様”とお呼びしています。
そんなことはさておき、予想もしない人物の登場に私達は驚きを隠せずにいましたが、アルフレード様はそんなことは気にせずこちらに近づいてきます。
なにやら数十通はありそうな手紙を載せたトレーを両手で持ったアルフレード様はスタスタと歩いて使用人全員を見渡せる位置まで来ると、目の前にあった机の上にトレーを置き私達を見渡し笑顔でこう仰りました。
「今回、エレオノーラが拉致されたことはみな知っていることと思うが、その件で侯爵から許可を貰ったのでこの屋敷の使用人を私の方で選別させてもらった。名前が呼ばれたものは前に出てきて手紙を受け取ってくれ。次の働き口の紹介状が中に入っている」
笑顔でそう告げたアルフレード様は状況が理解できずに固まっている私達を見てから、徐に山積みになっている一番上の手紙に手を伸ばしました。
その瞬間、慌てた様子で執事長が立ち上がり声を上げます。
「おっお待ちください!」
「何だい?」
「旦那様に許可をいただいたとのことですが、突然のこと過ぎて理解ができません!つまり、名前を呼ばれた者は解雇ということですが?私達は旦那様、引いてはファルクロード侯爵家に仕える者として何も問題ある行動はしておりません!」
執事長のその言葉に、周囲にいたメイドや執事、その他の使用人達が黙って頷きます。
私はあの時お嬢様を護りきれなかった自分のせいでアルフレード様の怒りがこの屋敷の使用人全体に向いてしまったのだと瞬時に理解しました。
で、あれば本来なら私一人が解雇されれば済む話、私が覚悟を決めて発言しようとした時、その声はアルフレード様によって遮られました。
「まさか、あのエレオノーラの拉致事件に関して自分達の落ち度はないと思っているの?」
「あれは、聖女様を狙った事件にたまたまエレオノーラお嬢様が巻き込まれてしまっただけで・・・」
「違う」
アルフレード様は一人立ち上がっている執事長の方を見ず、私達使用人を見渡しながらはっきりとした口調で話し始めました。
「あの事件、確かにエレオノーラは聖女を狙った拉致に巻き込まれた。でも、そこに至るまでの原因を作ったのは間違いなくこの屋敷の使用人、君達だよ」
「なっ何故そうなるのですか!もともとは貴方様がお嬢様に送られた馬車の車輪が外れたことが原因でしょう!」
謂れのない濡れ衣を着せられ、先ほどまで黙っていた家令も思わず立ち上がってアルフレード様に抗議します。
身分が上のアルフレード様にそんな口をきいても大丈夫なのかと私はヒヤヒヤしましたが、アルフレード様は特に気にする様子もなく会話を続けます。
「確かに、あの馬車の車輪が外れなければエレオノーラがあの聖女に声を掛けられることもなかった。でも、私が言いたいのは”あの馬車が壊れる原因”を君達が作ったということなんだよ」
「そっそれはどういう・・・」
僅かにたじろぎながら家令が聞き返すと、アルフレード様はトレーの手紙の山から一通拾い上げて一人の使用人を呼びました。
「トニー」
「はっはい」
アルフレード様に呼ばれて壁際の椅子に座っていた馬の世話係をしているトニーが反射的に立ち上がりました。
「私は、エレオノーラにあの馬車を贈った時、馬の世話係をしている君に何と言った?」
「そっそれは・・・」
アルフレード様にそう問いかけられたトニーは顔色を一瞬にして真っ青にしました。
キョロキョロと言い淀むトニーに対し、アルフレード様は手紙を持った手を体の前でふいっと横に振りました。
すると下を向いていたトニーがバッと顔を上げ、まるで体を固定されたように真っ直ぐアルフレード様の方を向きます。
「早く言ってくれないかな」
いつもよりも声のトーンが低いアルフレード様に、トニーの顔は真っ青から真っ白に変わっていきます。
「はっはい・・・『あの馬車は通常の馬車よりも重さがあるから、より筋力のある馬か引く馬の数を増やすように。また、馬に与える餌にも気を配るように』・・・そう言われました」
体を硬直させたままガタガタと口を震わせて答えたトニーの額にはこの一瞬ですごい量の汗が滲んでいました。
「そうだね、きちんと覚えていてくれて良かった。それで、君はそれを実行したのかな?」
「そっそれは・・・アルフレード様が馬の負担を軽減させるためにくださった魔法道具を使ったら今までの馬でも問題なく馬車を引くことができたので・・・」
「私の話を無視して何もしなかった・・・ということだよね?」
「・・・はい」
トニーが弱弱しい返事をすると、アルフレード様はため息をつきながら手をもう一度ふいっと横に振り、そのまま手紙から手を放されました。
すると、硬直していたトニーの体は一気に力が抜けて重力に従い椅子に沈み込み、トニーの目の前に先程アルフレード様が放した手紙がふわっと落ちてきました。
アルフレード様は手紙がトニーの前に落ちたことを確認し、トレーの中から次の手紙に手をかけました。
「次、ブライン」
「・・・はい」
黙って机の上の手紙を見つめうなだれているトニーの様子を見ていた使用人達はすっかり委縮していました。
そして、二人目に呼ばれた整備士のブラインは処刑台に向かう罪人のような顔をしてゆっくりと立ち上がります。
「私はあの馬車の整備について、繊細な装備がいくつも取り付けられているし重さもあるから整備はしっかりと入念に行うように言っていたと思うんだけど、違ったかな?」
「・・・いいえ。確かにそう仰っていました」
「では何故車輪が脱輪してしまったのかな?」
「それはっ・・・私が整備を怠っていたからです」
ブラインの衝撃的な告白に、食堂内が一気に騒めき始めました。
「もともとあの馬車に使用されている木材の強度は最高級で、あの日も外から確認する限り特に目立った亀裂などはなかったので大丈夫だろうと・・・」
「思っていたら裏側に亀裂が入っていて脱輪してしまったわけだ」
「っっ!その通りです」
ブラインが苦しそうにアルフレード様の言葉に同意すると、アルフレード様は先程と同じように手紙を放し次の手紙を拾い上げます。
「アニー」
「はっはい」
「普段馬車の内装の清掃を担当している君に、私はなんて言ったかな?」
呼ばれる前から顔色の悪かったアニーはアルフレード様に呼ばれガタガタと震えながら青くなった唇を必死に動かしました。
「なっ内装の装飾品にも魔法装置が含まれているから魔法の干渉をさせないよう掃除に魔法は使わないようにとっ言われていましたっ!なっなので、毎回清掃魔法は使わずに手で清掃を行っていましたっ!」
涙目になりながら聞かれる前にすべて言ったアニーはギュッとスカートを握りながらアルフレード様を見つめます。
そんなアニーの発言を黙って聞いていたアルフレード様は泣きそうなアニーに優しく微笑みました。
「そうだね。君は私が伝えた通り、丁寧に仕事をしてくれていた。そして他の清掃係にもそれを伝えていた。きちんと仕事を果たしてくれてありがとう」
「はっはい・・・」
アルフレード様から手紙を飛ばされることなく終わったアニーは安堵から腰が抜けたのか、その体はストンと椅子に落ちていきました。
「さて、そんなアニーから指示を受けて掃除をしたはずのミナ。君はアニーの言う通りに掃除をしたのかな?」
「わっ私は・・・正直、他の清掃などもあって忙しい時は清掃魔法を使って清掃を行っていました・・・」
なぜアルフレード様が私達の日頃の行動を事細かに知っているのかは謎でしたが、アルフレード様はその後も手紙に書かれた宛名を一人ずつ読み上げ、何が不足していたかを自らの口で公言させていきます。
中にはエレオノーラ様の事件と直接関係のない日々の職務に関して指摘された者も多く、アニーのように見本的な行動をした者として名を呼ばれた者もいましたが、皆、私と同じ様に生きた心地がしなかったでしょう。
そして、遂に沢山あったはずの手紙が残り3通となった時、アルフレード様はその3通をまとめて拾い上げました。
「最後に家令セドリック、執事長リューゲン、そして・・・」
私はついに自分の時が来たとゆっくり椅子から腰を浮かします。
「ダル」
「えっ?」
「あっえっ?わっ私ですか?」
流れ的にこの場にいる全員が私の名前が呼ばれると思っていた中、アルフレード様が呼んだのは私の先輩にあたるダルさんの名前でした。
「ここまでの使用人達の発言を聞いていれば、セドリックとリューゲンに関しては言わずもがなだよね?使用人を監督する立場の君達の責任は重い。さらに、君達は私がそれぞれの使用人へ指示を出す場面全てに立ち会っていた」
私は中腰ぐらいまで浮かせた腰をゆっくりと下ろし、セドリックさんとリューゲンさんの方を見ました。
お二人ともアルフレード様の言葉に苦虫を嚙み潰したような顔をされています。
「・・・確かに、私達の監督不行届があったようです」
「申し訳ありません・・・」
反論する余地もなく、お二人は頭を下げました。
しばらくの間食堂が沈黙に包まれると、気まずくなったのかダルさんが徐に口を開きました。
「あの・・・私はなぜ名を呼ばれたのでしょうか・・・」
「それをこれから話す。その前にセドリック、私はエレオノーラの送迎を担当する従者について、貴方に何と指示した?」
アルフレード様に名を呼ばれたセドリックさんはゆっくりと頭を上げ、ダルさんの方をちらっと見た後にアルフレード様からの問いに答えました。
「・・・馬車は完璧ではない。万が一のことを想定し、送迎にはある程度の戦闘訓練を受けた者を配置するようにと・・・」
「そうだね。で、それはダルに伝わっていたのかな?」
「えっ?あぁ、セドリックさんからは確かにそういった理由で私が選ばれた旨の話を聞いていました」
「そう・・・では何故自分の後任としてカルを選んだのかな?彼、従者の歴も浅くてまだ満足のいく訓練も受けていなかったよね?」
アルフレード様の口から自分の名前が出てきた私はビクッと肩を震わせます。
それと同じく、ダルさんもアルフレード様の言葉を聞いてやっと自分のやらかしに気が付いたのか、露骨に視線を泳がし始めました。
「あぁーそれはですね・・・実際に一ヵ月間送迎させていただいて、馬車の有能さに驚いたと言いますか。これならカルに任せても大丈夫だろうと思ったので・・・それに送迎をカルが行ってくれれば、私は屋敷の仕事ができましたし・・・」
尻すぼみしながら弁明したダルさんでしたが、ダルさんの言い訳がアルフレード様に通用するはずもありませんでした。
「話を聞いていたか?私は”万が一のことを想定し、送迎にはある程度の戦闘訓練を受けた者を配置するよう”伝えていた。送迎を担当する従者の選別に私が贈った馬車の性能や屋敷内での仕事量は関係ない」
アルフレード様はそうバッサリと切り捨て、手に持った3通の手紙から手を放しました。
「領地が辺境にあると、王都などにあるタウンハウスの使用人はその多くの時間を主人の目がない中で過ごす・・・そうなると、こういった”緩み”がよく生まれる」
3通の手紙はそれぞれ書かれた宛名の人物の元に風に乗って届けられます。
「別に、それ自体を強く責めているわけじゃない。護るべき存在が近くにいないと、人は気が緩んでしまうものだからね・・・」
アルフレード様はどこか自分を戒めるようにそう言いながら食堂の扉の前まで歩いていきます。
そしてドアノブに手をかけゆっくりと扉を開きました。
「でも、エレオノーラという護るべき対象がこのタウンハウスにやってきてからは話が別だ。手紙を受け取った者は事件後に私が独自で調べた結果、己の職務を怠慢していた者だ」