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最終日です。
ラスト2話、よろしくお願いします。
エレオノーラが目覚める1日前。夕日が沈みかけ辺りが暗くなり始めた頃、トルタディ王国の王城の地下へと続く階段をファルロスはミスティーアを連れて下っていた。
「これからどちらに向かうのですか?」
「んー?ちょっとミスティーアにやって欲しいことがあってな」
下りながらそう伝えると、まだ疑問に思っている顔をしつつファルロスについて階段を下るミスティーア。そんなミスティーアの顔をチラッと確認すると、ファルロスはある人物の名前を口に出す。
「実は、アルフレードからのご指名なんだ」
「ヴィラルーシェ様からですか?!」
一瞬驚いた顔をしたミスティーアだか、すぐにその顔を曇らせた。
実はあの1件以降、ミスティーアは若干アルフレードに苦手意識を持っていた。
「私・・・あの時ヴィラルーシェ様を怒らせてしまったので、それのお説教でしょうか・・・」
「そうだなぁ〜・・・」
(それで済んでくれたら、俺も嬉しいんだがな・・・)
ミスティーアの言葉に曖昧な相槌を返しながら、心の中で平和を願うファルロス。
しかし、遠くから聞こえてきた叫び声にファルロスの淡い期待は消え去ったーーー。
事件当時、ミスティーアは発見されてすぐにアルフレードに冷たい言葉を突き付けられ、しばらく呆然と固まっていた。
「・・・あの、さっさとエレオノーラの場所を教えてください。その口は何のためにあるんですか」
「アルフレードっ!ミスティーアも今やっと助けられたんだ!少し落ち着かせる時間を・・・」
「エレオノーラはまだ助けられていませんが?」
「っっっ!」
咄嗟にファルロスがミスティーアとアルフレードの間に割って入るものの、アルフレードの言葉に押し黙る。
すると、後ろからすすり泣く声が聞こえてファルロスが振り返ると、ミスティーアは止まったはずの涙を再び流していた。
「どっどうしてそんな冷たいことを言うんですかっっ・・・私っ必死に逃げてきたのにっっ!」
「はぁ、あなたはただ逃げてきただけでしょう?それよりも、これ以上イラつかせないでください。無理矢理聞き出してもいいんですよ?」
そう言いながらおもむろに手を上げたアルフレードを見て、ファルロスが慌ててミスティーアへ向き直る。
「ミスティーア!すまないが今はエレオノーラ嬢の命が第一優先なんだ!落ち着いて、エレオノーラ嬢のいる場所を教えてくれ!!」
ミスティーアは真剣な表情のファルロスを見つめ、涙を拭いながらエレオノーラの居場所について話したーーー。
「下からなにか聞こえませんか?」
地下から聞こえてくる声に気が付いたミスティーアがファルロスに問いかける。
「ん~?そうだな、今ちょっと下でアルフレードが仕事をしててな。ミスティーアにはその手伝いを頼みたいんだ」
「ヴィラルーシェ様のお仕事のお手伝いですか?」
「あぁ」
足を止めずに話すファルロスの後ろ姿をミスティーアは不安げに見つめた。
「・・・私にできるでしょうか・・・」
「大丈夫だよ、頼むのは聖女の力を使った治療だから、むしろミスティーアにしかできない。頼りにしているから、よろしくな」
ファルロスが足を止めて振り返りながら笑顔でそう伝えると、ミスティーアはその顔を見て元気よく頷いてやる気を見せる。
「そういうことでしたらお任せください!」
いつもの元気を取り戻したことを確認し、また地下へと下り始めるファルロスは心の中でミスティーアに謝罪した。
(ごめんな、ミスティーア・・・)
階段を下りきり、ファルロスは扉の前で警備している騎士に声をかけて施錠された扉を開けさせる。
開いた扉から中に入ると、そこは左右が鉄格子で分離されている正方形の空間が広がっていた。
初めて踏み入れたその空間にミスティーアは思わずファルロスの腕に手をまわした。
「ここって、悪い方々を捕まえておく所ですよね・・・?」
「あぁ、正確には事情聴取のため一時的に拘留しておく場所かな」
淡々と話すファルロスは自分の腕にしがみついている手の力が強くなったのを感じ、自由に動く反対の手でミスティーアの頭を撫でた。
「大丈夫。あっち側からこっちにいる人間に危害は加えられないし、今ここで拘留しているのは2人だけだ。アルフレードがその2人から事情聴取をしているんだが、まぁやりすぎた時のためにミスティーアの力を借りたいそうだ」
ファルロスが困ったものだよなと笑って見せた瞬間、牢の中から男の叫び声が響き渡った。
「ぃぎゃぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
「おいっもうやめろっっっ!!!」
「ひっっ・・・!」
聞いたことのない悲痛な叫び声に、ミスティーアは思わず小さく悲鳴を上げた。ファルロスは怯えるミスティーアを宥めつつ、部屋の中へと足を進める。
(あいつ・・・なんでもう始めてんだよ・・・)
牢の前に立ち、ファルロスは心の中で大きくため息をついた。
そこには、手足を拘束され上半身裸の状態で土下座のように這いつくばっている2人の男と、その前で椅子に腰かけ優雅に足を組んで2人を見下ろしている男が1人いた。
ファルロスは椅子に座っている人物に話しかける。
「おい、アルフレード」
「ん?あぁ殿下、連れてきてくださったのですね」
「気づいていたくせに白々しいフリをするな」
地下の扉が開いた時点でこちらの到着に気が付いていたであろうことを指摘するが、アルフレードはそれを無視して椅子から立ち上がった。
その瞬間、いつの間にかファルロスの後ろに隠れていたミスティーアがビクッと震え上がった。
「なかなかいらっしゃらなかったので、ちょっと始めてしまいました」
震え続けるミスティーアをちらっと見た後、ファルロスは笑顔でそう告げるアルフレードの横で這いつくばっている2人に視線を落とした。
そこにいたのは、ミスティーアとエレオノーラを拉致した賊のボスと、エレオノーラに手を上げた賊だった。
「お前っ俺の部下に何てことしやがるっっ!」
体を魔法で固定されているのか、手を前に投げ出した土下座の体勢で動けなくなっている男は、顔だけ上げてアルフレードを睨みつけていた。
「"それ"がエレオノーラにしたことをそのままやり返しているだけですよ」
男の方に視線を向けることなく、アルフレードはファルロスに説明するように言葉を発した。
未だに男はアルフレードを睨んでいるが、その横にいる部下の男は先ほどからピクリとも動かない。
「これのどこが同じだって言うんだっっっ!!!」
ファルロスは叫ぶ男から隣にいる部下の男に視線を移す。
辛うじて息はしているようだが、その背中には無数の切り傷が見えた。特に頭部周辺の床は血だまりができており、髪の毛も無理やり毟り取られたのかところどころ禿げている。
そして、そのまま視線を手の方へ移すと、前に突き出された10本の指があらぬ方向へ向いていた。
「・・・やりすぎじゃないか?」
男の状態を見たファルロスは思わずそう口に出す。
しかし、アルフレードは笑顔で首を横に振った。
「これはエレオノーラを傷つけたのです。許されることではないでしょう?それに・・・」
まったく悪びれる様子もなく、アルフレードは自分の行為の正当性を主張する。そして、何かを言いかけて少し視線を外すとファルロスの後ろに隠れていたミスティーアが何かに押し出されるように牢の前に倒れこんだ。
「きゃっ!・・・ひぃっ!」
咄嗟に手をついたミスティーアが顔を上げると、牢の中から見下ろすアルフレードと目が合った。
小さく悲鳴をあげるミスティーアを一瞥し、アルフレードはファルロスに視線を戻す。
「傷はこれから治るのですから、気にすることもないでしょう?」
笑顔でそう告げるアルフレードをじっと見つめていたが、しばらくして諦めたようにため息をつくと、ミスティーアの横に膝をつき、その背中を優しく擦った。
アルフレードから視線を動かせずに固まっていたミスティーアは、ファルロスに気づいてそちらに顔を動かした。
「ファッファルロス様・・・?」
「ミスティーア、先ほども伝えたが、この牢の中から外にいる私たちに危害は加えられない。怖いのは分かるが、あそこで動かなくなっている男に治癒魔法をかけてもらえるか?」
先ほどミスティーアが倒れこんだのは明らかにアルフレードの仕業だが、ファルロスはそれを無視して話を進めた。
「かっ彼の治療ですか・・・?」
「あぁ、あのままじゃ、最悪死んでしまうかもしれないからな。まだ聞きたいこともあるし、頼めるか?」
ファルロスはミスティーアを怖がらせないように優しく治癒魔法を使うよう促す。
ファルロスにそう言われ、ミスティーアは目の前で動かなくなっている男を見つめた。
しばらくして、まだ状況が理解出来ずなかなか行動に移さないミスティーアに業を煮やした2人が一斉に声を上げた。
「おいっ!お前聖女ならさっさとなんとかしろよっ!!」
「同意するわけではありませんが、早くしてもらえませんか?」
「ひぃぅっ・・・」
「お前ら一回黙れ!!」
ファルロスに一喝され、ボスの男とアルフレードが黙るとファルロスはミスティーアの背中をぽんっと叩き、再度治癒魔法を促した。
2人に怯えつつ、ミスティーアは動かない男に向かって手を伸ばし、治癒魔法を展開する。
すると、部下の男の上から緑のヴェールが降ってきてそのまま男を包み込んだ。包み込まれた男の姿はヴェールに隠れて見えなくなり、皆が黙ってその様子を見つめた。
そして長めの沈黙の後、ミスティーアが手を下ろすのと同時に緑のヴェールも消え、包まれていた男が姿を現す。
ヴェールが消えて再び姿を現した男に先程まであった切り傷はなく、禿げていた頭には髪が生え、頭部の出血も止まり10本の指はあるべき方向を向いていた。
「うっ・・・あれ?」
「おいっ!大丈夫か?!」
意識も取り戻した男が声を出すと、ボスの男が声をかける。
「おっお頭!大丈夫です!傷も痛くねぇし、気持ちもなんだか落ち着いたみたいだ」
気絶する瞬間までアルフレードに怯えていたのが噓かのように、部下の男は平然とした顔でそう言った。
安心した男と部下の男が笑い合っているその様子を、アルフレードは冷めた表情で見下ろしていた。
「・・・流石は聖女、傷だけでなく精神異常まで直してしまうとは・・・」
完全回復した男を見て、アルフレードは素直に感心した。その様子を見て、ミスティーアがホッと胸を撫で下ろした次の瞬間、アルフレードが人差し指を男の方に向ける。
そして、そのまま横にすっと動かすと、部下の男の手の甲と背中がスパッと何かに切りつけられた。
「いだぁぁぁぁっっ!」
「きゃぁぁぁっ!」