第八話 信用
「この噂……あなたたちが広めたんでしょ?」
そう問いかけると、グループの中の一人、下っ端の女子が鼻で笑った。
「ああ、そうだよ。悪いか?」
開き直るようなその態度に、クラス全体がざわついた。俺は、一歩踏み出し、静かに問いかけた。
「……どうして、そんな噂を広めたの?」
その言葉に、リーダーの女が腕を組み、ふんと鼻を鳴らす。
「だって事実じゃん?中学で麻薬やってたって、有名な話だし」
教室の空気が一瞬で冷えた。
だが、俺は眉ひとつ動かさずに続けた。
「……へえ。じゃあ聞くけど、私の中学時代、何を知ってるの?」
「そりゃあ、もちろん全部……」
言いかけて、リーダーの女の目が泳いだ。ハッタリだとすぐに分かる。
「じゃあ、私がどこの中学校に行ってたか知ってる?」
教室が静まり返る。
リーダーの女は、明らかに戸惑った表情を浮かべながら、しばらく沈黙した後――
「……上尾市立東中学校」
適当な答えだった。もちろん、それは間違っている。
「私は、弘前市立第五中学校出身だよ。青森県の中学。……こっちに引っ越してきたばかりなんだ」
静かに、でもはっきりとそう答えると、クラスメートたちの間にざわめきが走った。
「えっ……じゃあ、噂って嘘じゃないの?」
「中学が違うなら、話が合わなくない……?」
徐々に、周囲の信頼がグループから離れていく。
リーダーが焦りを隠せず声を荒げる。
「う、嘘つけ!証明してみろよ!」
俺は少しだけ笑ってから、口を開いた。
「……じゃあ、これどうかな? 多分、みんな何言ってんのかわからないと思うけど」
そのまま、俺は津軽弁で話し始めた。
「ほれ、なしてそったごど言うんずや? わ、なんも悪いごどしてねぇべさ。中学の時も、ふつうに毎日生きてだだけだびょん」
意味がわからずぽかんとするクラスメートたち。
そして俺はゆっくりと標準語に戻す。
「……って感じ。わかんなかったでしょ?」
それだけで空気が変わった。クラスメートたちの視線が、徐々にグループから離れていく。
「……エセ津軽弁だろ、そんなん!」
グループの一人が言ったその瞬間、教室のドアが開いた。
「エセじゃないわよ。それ、青森の本物の方言。私の母が使ってるから、すぐにわかったわ」
担任の先生がそう言って入ってきた。
完全にグループの信用は失墜した。
「……麻薬の噂は、嘘です」
俺はようやく真実を口にした。
「……っ!」
リーダーが言い訳をしようと口を開いたが、チャイムが鳴り、ホームルームが始まった。
言い訳は遮られ、グループは口をつぐむしかなかった。
その後、昼休みに「この噂は全部嘘だった」と誰かが広めてくれたおかげで、学校中に真実が伝わった。俺に向けられていた疑いの視線は、いつの間にか同情や謝罪へと変わっていった。
しかし、事はそれだけでは終わらなかった。
放課後。
俺は再び、グループに無理やり連れて行かれた。場所は校舎裏。
「……さっきのこと、どうしてくれんだよ」
リーダーの女が、殺気立った目で俺を睨む。
だが、俺は黙っていた。
「何か喋れよ!」
下っ端の女子が怒りをあらわにして、俺の腹を蹴った。
それでも、俺は一言も発しなかった。
「もういい……!」
リーダーの女が拳を振り上げた――その瞬間。
「ストップ!!」
鋭い声とともに、詩織が走ってきた。
その後ろには、理事長らしき初老の男性がいた。
「なんだこりゃ……?」
「やべ!理事長だ!逃げろ!」
グループが逃げようと振り返ると、反対側からは
「おい、待て」
生徒指導の先生が現れた。
逃げ場はない。
袋の鼠になったグループをよそに、理事長と先生は俺と詩織をそっと安全な場所に避難させてくれた。
人気のない通路で、詩織は息を切らせながら笑った。
「……間に合ってよかった」
俺は、小さく、でも確かに言った。
「ありがとう、詩織」
「……ただの恩返しだよ」
少し照れくさそうに笑う彼女を見て、俺は思った。
(……こんな人も、いるんだな)
心がほんの少し、軽くなったような気がした。