第六話 花月と一人の女子
ホームルームが終わるや否や、俺――いや、伊藤花月は興味津々といった様子のクラスメートたちに囲まれ、質問攻めにされた。
「ねえ、どこ出身なの?」「彼氏いるの?」「スキンケアって何使ってる?」「その胸って……何カップ?」
…正直うるさい。いちいち答えるのも面倒だったが、適当に「埼玉です」「いません」「なんか薬」「Cカップらしいです」と返していたら、ひときわ派手な女子グループが近づいてきた。
髪の色やら、化粧やら、雰囲気やらで一発でわかる。「クラスのトップ」ってやつだ。
「ねえ、花月ちゃんって可愛いし、ウチらと似てる感じする~。気に入ったからさ、よかったら私たちのグループに入らない?」
リーダー格の女が、あざとく笑いながらそう言った。クラスが静まる。
「……悪いけど、遠慮しとく」
俺はきっぱりと断った。
リーダーの表情が一瞬で変わる。
「は? 調子に乗ってんじゃねーぞ」
吐き捨てるように言って、そのまま取り巻きと一緒に教室を出ていった。
……面倒なことにならなきゃいいが。
授業は特に問題なかった。誰にも当てられなかったし、内容も簡単すぎて眠くなるほどだった。
そして昼休み。売店で買った弁当を机に出し、開けようとしたそのときだった。
「ね、ねぇ! 一緒に食べてもいい?」
声をかけてきたのは、明るい雰囲気のミディアムヘアの女子だった。
「別にいいけど」
俺が返すと、彼女は隣の席にちょこんと座った。
「田中詩織って言います! 花月ちゃん、可愛いから話しかけたくてさっ! あ、趣味はスポーツで、特にバスケが好きでさ~! 中学では部活もやってて……あとね、犬も好きでさ、それで~」
一方的な自己紹介。会話がまったく双方向じゃない。
けれど俺は慣れていた。社畜時代、上司の自慢話を相槌だけで乗り切っていたことを思い出す。
「へぇ」「そうなんだ」「すごいね」
適当に相槌を打ちながら、弁当を食べ進めた。気がつけば食べ終わっていたが、詩織はまだ話している。なので、弁当箱は片付けず、そのまま話を聞き続けた。
しかし、チャイムが鳴った。詩織は「ああ、またやっちゃった……」と悲しそうな顔をして、ぺこりと頭を下げた。
「ご、ごめんね! いっぱい喋っちゃって……!」
「大丈夫」
そう返すと、詩織の顔がほんの少し明るくなった。
放課後、彼女は「ね、一緒に帰らない?」と誘ってきたが、俺は今日も研究室に寄る用がある。
「用事があるから、ごめん」
そう言って断った。詩織は少し寂しそうな顔をしたが、「そっか、じゃあまた明日ね!」と笑おうとした瞬間――
「ちょっと、あんたさぁ」
例のグループのリーダーが現れ、詩織の手を掴み、強引に連れていった。詩織は抵抗せず、そのまま連れて行かれた。
(……何か引っかかる)
俺は研究室に向かうはずだったが、足が自然とそのグループの後を追っていた。
裏庭のような場所で、詩織が囲まれていた。
「アンタ、またやってんの?w」
「…」
「おい何か言えよ!!」
下っ端の女子が詩織を蹴り倒す。
「…」
それでも彼女は何も言わなかった。
「前にもやっていたよなw 友達を作ろうとして話しかけたけど相手のことを何も気にせずに自分のことだけ話し続けて、結局放課後に一緒に帰ろうとして断られて、ある時には近づいてくるなよって言われてまた傷つき同じことを繰り返してまた傷つく。アンタ馬鹿じゃないのw」
「…」
「おい、いつまでも黙ってんじゃねーよ!」
再び下っ端が蹴ろうとしたその瞬間――蹴られたのは詩織ではなく、俺だった。
少しふらついたが倒れはしなかった。
「なんだよ!?アン…タ…」
俺は痴漢を睨んだとき以上の殺気を込めて、リーダーを睨みつけた。グループ全員が一歩後ずさった。
「な…なんでなんだよ、助けたのに」
「うるせぇ」
俺の低く冷たい声が、その場を凍らせた。
「黙って聞いてたが、もう我慢できねぇ。何が“馬鹿”だ? ふざけんじゃねぇぞ!! 友達を作ろうとして失敗して、また繰り返す――それの何がいけねぇ?」
「だ…だって失敗するのがいけないんじゃねーかよ」
「だったらお前らは失敗しねぇのか?」
「…」
「答えられねぇだろ」
「…ふふふ、」
リーダーの女が笑った。
「…何がおかしい?」
「そんな綺麗事で私達を説教してんのか?」
「…」
「確かに失敗は良くなくないものかもしれない。でも一方的に話し続けるのはどうだ? 相手にとっちゃ迷惑だろうが。テメーだって迷惑に感じていただろ?」
「…」
「結局テメーも言い返せねぇってとこだろ。今までもこの場面を見られてきたが全員こう言ったら黙った。テメーも同じだろ。そんな綺麗事で私達に歯向かうなんて100年早いんだよ!」
リーダーが蹴ってきた。しかし俺はその足を掴み、逆にバランスを崩させて転ばせた。
「…ッ! 何すんだ…よ…?」
女は口を閉ざした。俺がさらに睨みつけたからだ。
「何言ってんだ? 俺は迷惑になんか感じていねぇよ? それに、自分を表現しようとして何が悪い?」
一歩前に出て、俺は吼えた。
「俺はなぁ――自分を偽る奴が」
「大っっっっ嫌いなんだよ!!!!」
怒声が空気を裂いた。グループ全員が驚いて後退りする。
その時だった。
「うるさっ……って、あれ? 花月さん?!それに詩織まで!?」
声がして振り向くと、田中琉生が走ってきた。
「先生!?」「やばっ!」
先生と勘違いしたグループは、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
琉生は倒れている詩織に駆け寄り、彼女の腕や膝の擦り傷を見て顔をしかめた。
「怪我してる……研究室に連れて行きます。伊藤さん、手を貸して」
俺は黙って頷き、詩織の腕を支えながら研究室へと向かった。
研究室で詩織を寝かせ、応急処置をしている最中、琉生がふと聞いた。
「何があったんですか?」
俺は、一部始終を、飾らず淡々と語った。
すべてを聞いた琉生は、静かに、ひとことだけ口にした。
「……そうか」