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第五話 研究室の中

研究室のドアを開けた瞬間、思っていた雰囲気とはまるで違う光景が飛び込んできた。


「このハーゲンダッツは私が先に見つけたの!離してって!」


「落ち着いてくださいよ、佐々木さん!そもそも冷凍庫に保管してたの僕ですってば!」


白衣姿の男女が、冷凍庫の前で某アイスを奪い合っていた。

ふたりともこちらにはまるで気づいていない。

俺はドアを半分開けたまま、呆気にとられて立ち尽くしていた。


白衣の女はショートボブで、細身な体型。胸は、小さいどころか……ない。白衣の下にはだぼっとしたTシャツとショートパンツ。大学生みたいなラフな格好だった。

一方の男は長髪で、よく見れば整った顔立ち。髪を整えればモデルになれそうなレベルだ。だが服装は部屋着のような上下グレーのスウェット。その上に白衣というやる気のない格好だった。


ふたりはようやく俺の存在に気づいたのか、某アイスの引っ張り合いをピタリと止めた。


「お、来たね」


女が笑顔でこちらに向かってくる――かと思いきや、すぐさま俺の目の前に来て、じろじろと身体を見始めた。顔の距離が近い。ていうか近すぎる。ほとんど密着してるレベルだ。


「はあ〜、Cカップかぁ……いいなぁ……」


ため息交じりにそう言いながら、胸元をチラチラ見てくる。思わず一歩引こうとしたが、距離が近すぎて動けない。

すると男のほうがやってきて、あっさりと彼女の肩を掴み、引きはがした。


「すみません、ビビらせたらダメですよ佐々木さん。こっちはまだ慣れてないんですから」


「……ごめんごめん!つい妬けちゃってさ〜。改めて自己紹介するね!」


少し離れたところで、女は胸を張るように言った。


「私の名前は佐々木流麗ささき るり。19歳。あんたが飲んだ“性転換試薬”を発案した天才にしてお嬢様よ。担当は素材集めとか裏金調達とか。要は金の力で研究を支えてるってわけ」


ニカッと笑うその顔は子供っぽいのに、どこか誇らしげだった。


次に、男が一歩前に出てきて、少し控えめに頭を下げた。


田中琉生たなか るいです。主に実験と処理担当です。見た目通り頭は良い方だと自負してます。伊藤さんがこの学校に入学できたのも、僕の“力”のおかげですよ」


「え?」


「この学校、僕の親が理事やってるんです。正式な入学手続きじゃなくても、まあ“裏口”で何とかなりますから。安心してください」


冗談のような事実を、平然とした顔で言ってのけた。

とりあえず、この2人がこの研究の中心人物であり、俺のこれからの生活の鍵を握っているということはよくわかった。


「学校で必要なもの、生活で困ること、全部こっちで送るから心配しなくていいわよ〜。連絡は全部この研究室経由でOKだからね」


「じゃあ、そろそろ行きましょうか。職員室まで案内します」


田中が扉を開けて、俺を促す。

俺は再び研究室を出て、校舎内の廊下を歩き始めた。


職員室では簡単な手続きと担任との顔合わせがあった。先生は中年の女性で、俺のことを「転入生」として丁寧に迎え入れてくれた。

そして、ついに――教室へ。


「では、こちらが今日からこのクラスに入る生徒です」


担任がそう言うと、教室内の視線が一斉に俺に集まった。


「……うわ、可愛い……」


「え、なんか胸でかくね?」


「へえー……」


それぞれの反応が、じりじりと伝わってくる。

でも俺は気にしなかった。というより、気にする気力もなかった。


「……伊藤花月いとう かづきです。よろしくお願いします」


短い挨拶だけをして、先生に促されるまま空いている席へ。

その横には、地味な女の子が座っていた。

彼女はこちらを一瞬見ると、無言で小さく会釈してきた。

俺も軽く会釈を返す。


(……はあ)


新しい生活は、思っていたよりも生々しくて、息苦しい。

でも、社畜時代に耐えた人間関係と比べれば――これくらい、どうってことない。


そう思おうとした。


けれど胸の重みと、制服の締めつけと、周囲の視線と、変わった名前。

すべてが現実味を持ちすぎていて、笑えてくる。


(……絶望ってほどじゃないけど、希望なんかじゃない。やっぱり、人生ってどこまでもクソみたいだな)


俺は、静かに、覚悟を決めた。

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