番外編:北海道旅行5 ドイツ語
夜。
花月は、小腹が空いて目を覚ました。
(……こんな時間に腹減るなんて)
布団からそっと出て、夏美を起こさないよう静かにドアを開けた。
廊下は薄暗く、静まり返っていた。エレベーターまで歩こうとしたとき、少し離れた場所に見知った人影を見つけた。
勇斗と琉生――そして、その前には見知らぬ女性が二人。
金髪で肌を焼いた、いかにもギャルな雰囲気。しかも、明らかに“酔っている”ような軽い立ち振る舞いで、二人にしきりに話しかけていた。
(……絡まれてる?)
しかし、勇斗も琉生も人見知りではない。なぜこんなに困っているのか――
疑問に思いながら近づいた。
「大丈夫?」
そう声をかけた瞬間、理由がわかった。
女性二人はこっちに気づくと
「Du bist im Weg. Geh aus dem Weg.」
女性たちの口から発せられたのは、流暢なドイツ語だった。
(なるほど、そういうことか)
勇斗と琉生の顔は曇っていた。言葉が通じない相手に困惑しているらしい。
たしかに、二人は勉強も運動もできる。でも、まさか外国語、それもドイツ語で絡まれるとは思ってなかっただろう。
一方、俺は――元社畜。
前職の会社が貿易業をしていたこともあり、先進国の言語を中心に、ある程度の言語は身につけていた。
ドイツ語程度なら、日常会話には困らない。
「Hey, wisst ihr was? Ihr seid es, die im Weg sind.」
女性たちの言葉を遮って、俺は静かに、しかし鋭く言い放った。
その一言に、二人のギャルは目を見開き、すぐに引いた。
気迫に怯えたように小さく「Entschuldigung...」と呟きながら、逃げるように去っていった。
「……助かった」
「ありがとう、花月ちゃん」
勇斗と琉生がほっとした表情で感謝を伝えてくる。
「いや、普通のことしただけだよ」
俺はさらっと返す。
すると勇斗が、首をかしげながら聞いてきた。
「でもさ、なんであの人たちの言葉、喋れるの?」
(……しまった)
勇斗が疑問を持った
琉生は研究員だから大丈夫だが勇斗は薬と俺の正体を知らない
けれど、ここでそれを話すわけにはいかない。
「え、あ、えっと……ちょっとね、前に、ほら、外国の映画とかドラマとか……そういうの好きで!」
「……それで話せるようになる?」
「えっと……字幕見ながらシャドーイングしてたら、なんか自然と……」
勇斗と琉生は「へえー」と素直に感心してくれた。
(……ふぅ、なんとかなった)
冷や汗をかきながら、俺は再びコンビニへと向かう。
けれど、心の中ではひとつだけ確信していた。
(……また、社畜時代の経験で助けられたな)
そして、ホテルの静かな廊下には、小さな気配だけが漂っていた。




