番外編:北海道旅行1 提案と緊張
冬休み――。
俺、伊藤花月はこたつに潜りながら、静かな時間を過ごしていた。テレビはつけっぱなし、みかんは3つ目。だが、心はそわそわしていた。
(……暇すぎる)
元社畜としての性が疼く。手を動かしていないと、何か物足りない。仕事も、宿題も、もう終わっているのに。
そんなとき、スマホが鳴った。
【詩織】「ねえ明日、うちで勉強会しない?」
(勉強会……?)
正直、俺は冬休みの宿題なんて冬休みが始まる前日に終わらせていた。今さらやることなんてない。
(でも……暇だしな)
そのまま「行くよ」と返信した。
すると、追加情報が届いた。
【詩織】「夏美ちゃんと勇斗くんも来るからね~!」
(……勇斗?)
嫌な予感がしたが、断るほどの理由にもならなかった。
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翌日、指定された住所に着いた俺は目を疑った。
「……でっか」
詩織の家はまるで洋館のような外観。だが敷地面積は普通の家庭と大差ない。
(さすが理事長の娘……建築の魔術師か)
インターホンを押すと、詩織がにこにこと出迎えてくれた。
「いらっしゃ~い!」
中に入った瞬間――語彙力が崩壊した。
(……何だここは)
白を基調とした大理石の床、天井にシャンデリア、壁に飾られた高そうな絵画。なのに、どこか温かみのある不思議な空間だった。
そして、詩織の案内で部屋に入ると――
「……ジム?」
ランニングマシン、バーベル、トレーニングチューブ、懸垂バーまで揃ったその空間は、完全に“鍛える人の部屋”だった。
詩織はテーブルを出しながらさらっと言う。
「じゃ、座って~。そこ花月ちゃんね!」
場所は、俺の隣に勇斗、向かいに詩織と夏美。
全員が揃い、勉強会が始まった。
みんながノートや教科書を広げる中――俺だけは手ぶらだった。
「花月ちゃん、宿題は?」と詩織。
「もう終わってる。冬休み前日に」
「えええええっ!?」「まじですか……!」
詩織と夏美がハモった。
「だから教える側で来たつもりだったんだけど……よく考えたら、詩織以外みんな頭いいんだよな」
「ちょっとぉ!?花月ちゃんも夏美ちゃんもひどい~!」
「でも詩織さん、教えてもらってるの私ですけどね」
「うぅぅ……」
そんな会話の中、ふと隣を見た。
(……なんか、勇斗の手が止まってる)
不思議に思って顔を覗き込んだ。
「どうしたの? 手が止まってるよ」
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(うぉああああああああああ!?)
僕は今、人生の中でもっとも心臓が跳ね上がった瞬間を迎えていた。
柔らかそうな腰まである髪、小顔で美しく整った顔立ち、大きな目は少し細めで上品な印象。大きな胸、引き締まった細いウエスト。無駄な毛一本なく、滑らかな肌。筋肉も感じさせない、完璧な曲線美。
すべてが……美しい。
彼女が僕を覗き込んで、心配そうに言った。
「……分からないところ?」
そして僕のノートをのぞき込む。
(か、可愛い……!)
「こっち向いて。聞いてる?」
(あああああ可愛い……)
花月が何気なく言うその一言一言が、僕の胸を容赦なく打ち抜く。
僕の視線は、ずっと――彼に、釘付けだった。
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(……勇斗、ずっとこっち見てない?)
教えながら、ずっと視線を感じていた。
そのとき、詩織が声を上げた。
「ねえ、冬休み中ってさ、どっか行かない?」
「そうだね。どこに行こうか?」
夏美がそれに乗る。
「長期休みだし、遠くに行きたいなー」
「じゃあさ、スキーとかどう?」
「いいね! 北海道とか?」
俺は思わず聞き返した。
「そんな余裕あるの?」
詩織はにっこりと笑った。
「うん、大丈夫。頼れる人がいるから」
夏美は首をかしげたが――俺は察した。
(……琉生さんだな)
そのとき、隣の勇斗は――何も言わず、ただ静かに黙っていた。
その無言が、どこか……切なくもあたたかい余韻を残しているような……ただ単に緊張しているような……




