第一話 体の変化
翌日の夜。残業から帰宅した俺は、昨日見つけたあのサイトをもう一度見ようとした。
しかし、すでにそのサイトは消えていた。
「……詐欺だったか」
俺はそうつぶやきながら、昨日のようにネットで「試験薬」関連のワードを再び検索し始めた。そのとき――
ピンポーン。
インターホンが鳴った。どうやら宅配のようだ。もしかして、昨日の薬がもう届いたのか?
ドアを開けると、確かに荷物が届いていた。代金は送料も含めてすべて研究室持ちらしい。
箱を開けると、中にはプラスチック容器に入った薬と、注意事項がびっしり書かれた説明書、それと簡易医療キットが入っていた。
説明書には軽く目を通しただけで、俺はさっそく瓶の中から薬を2錠取り出し、水で飲み込んだ。
……特に何かが起こるわけではない。変化は、どうやら翌日から始まるらしい。
その前に、説明書には「服用後すぐに研究室に連絡を」と書かれていた。
記載されていた番号に電話をかけると、女性の声が出た。
「もしもしー?」
「昨日、薬を申し込んだ伊藤です」
「あ、伊藤さんですね。薬はもう服用されましたか?」
「はい。飲みました。今のところ変化はありませんが……」
「はい、確認しましたー。明日には効果が出てくると思いますので、今夜は早めにお休みくださいねー」
プツッ、ツー……ツー……
あっさり切られた。
正直、やっぱり詐欺じゃないのかとも思ったけど、とりあえず言われた通りに早めに寝ることにした。
説明書には「会社への対応はこちらで行う」とも書かれていた。本当に本当なら、しばらく会社に行かなくて済む。
そう考えると、ちょっとだけ気が楽になった。俺はそのまま布団に入った。
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翌朝――
目を覚ますと、なんとなく体に違和感があった。特に、上半身が重い。
金縛りか?とも思ったが、動けないわけではない。
起き上がってよく見ると、胸のあたりが……ふくらんでいる。
「これ……本当に俺か?」
思わずそう口にした。
声が高い。普段の俺の声じゃない。
腕を見ると、男っぽいごつさや毛もなく、細くてしなやか、そして肌がやたらすべすべしていた。
俺はとりあえず洗面所へ行き、鏡を見た。
そこに映っていたのは、見知らぬ少女――いや、たしかに俺だった。
髪は腰まで伸び、まつげも長い。目はぱっちりしていて、顔立ちは整っている。まるでアニメに出てくる美少女のようだった。
身長はおそらく165cmほど、胸はCカップくらいある。
……本当に、変わったんだ。
新しい生活が始まるんだな。そう思った。
――悪い意味で。
「どうせなら、失敗した薬でそのまま死ねてればよかったのに」
そんなことすら考えてしまう。
とはいえ、変化は5ヶ月で元に戻るらしい。
つまり、これは一時的なものだ。いずれ、またあの生活に戻ってしまう。
少しだけ、残念に思った。
そう思いながら、説明書に書かれていた“ルーティーン”を始めることにした。
内容は以下の3つ。
* 体温・血圧・心拍数の測定
* 性転換以外の見た目の変化の確認
* その報告
これを毎朝やるらしい。
1つ目の測定をしながら、ふと考える。
「もしも、本当に生まれ変われたら――」
でも、どう考えても、たった5ヶ月で人間が生まれ変わるなんて無理な話だ。
そんな思いを抱えながら、俺は再び研究室に電話をかけた。
「……はい、どちら様でしょうかぁ?」
昨日と同じ女性が、明らかに寝起きの声で出た。
「昨日電話した伊藤ですが……」
「……? 昨日の伊藤さん?」
「はい。昨日は男でしたけど、薬を飲んだので……今は女になっています」
「あー、ああ、そうでしたね〜」
どうやら記憶はあやふやらしい。
俺は気にせず、測定結果などの報告をした。
「体温も血圧も心拍数も正常です。それと、昨日は薬を――」
「昨日、薬をちゃんと1錠飲まれましたか?」
「え?」
思わず聞き返してしまった。なぜなら――
「俺、2錠飲んだんですけど」
「……え?」
女の声が一瞬で凍りついた。