第十四話 愛の告白
秋になった。
夏の熱気がすっかり去り、木々は紅や黄の色を纏い始めた。季節の移ろいに合わせるように、学校の空気もどこか落ち着きを帯びてきている。
そんなある日の放課後――
俺、伊藤花月は校舎裏へと向かっていた。
その理由は、少し前の放課後に遡る。
いつものように詩織と夏美と一緒に帰ろうとしていたとき、ふと下駄箱に何かが挟まっているのに気づいた。
「……ん?」
手紙だった。
白い封筒には何も書かれていなかったが、誰宛かは明白だった。俺の下駄箱に入っていたのだから。
詩織に見つからないようにそっと鞄にしまい、家に帰ってから開封した。
中にはたった一行だけ。
「今週の金曜日の放課後、校舎裏に来てください」
シンプルすぎる文面に、思わず苦笑した。
(今どき……こんなストレートな呼び出し方をするやつ、まだいたんだ)
別に怖さはなかった。ただ、どこか懐かしさと胡散臭さが混じる感じ。
そうして、俺は今日ここに立っている。
校舎裏に到着すると、そこにいたのは――
「来てくれたんだね」
柔らかな笑顔でそう言ったのは、西島勇斗。
学年でもそこそこ名の知れた有名人だった。
噂では――高身長、イケメン、成績優秀、スポーツ万能(詩織ほどではないが)、そして普段は優しいのに、いざという時にかっこいい一面を見せるという、まさに少女漫画から出てきたような存在。
さらには、実はちょっと不器用という“ギャップ萌え”まで完備されており、女子からの人気は絶大。その彼が、俺を呼び出した。
「……手紙に書かれてたから来ただけ」
冷たくもないが、淡々と返す俺に、彼は少し笑って言った。
「優しいんだね」
そして、ふっと表情を真剣に変えた。
「――本題に入ろうか」
俺はそれを止めた。
「ちょっと待って」
「……え?」
勇斗が戸惑う中、俺は静かに30秒間、時計を見つめる。
すると案の定――
「キャッ!」
「わわっ、ちょっと押さないでよ!」
「こら!タワーが崩れるっ――!」
勇斗の背後の木の陰から、複数の女子たちが崩れ落ちるように現れた。
(……やっぱり)
おそらく、彼の親衛隊。
彼が俺の下駄箱に手紙を入れたところを偶然見つけ、以後監視。今は木の後ろでこっそり様子を見ていたが、俺が時間を稼いだことで限界を迎えたのだろう。
もっとも、俺から見たら、殺気でバレバレだった。
勇斗は小さく溜息を吐きながら、彼女たちに向き直る。
「……ごめん。少しだけ、席を外してくれないかな」
親衛隊たちは不満げに、そして俺を鋭く睨みつけながらその場を離れていった。
(……睨まれても効かないけどね)
そして改めて、勇斗が俺の前に立った。
「じゃあ、改めて――」
彼は深く息を吸い、静かに言った。
「……僕と、付き合ってください」
手を差し出す。真っ直ぐな瞳だった。
だが、俺は迷いなく、ただし演技で“迷っているふり”をしてから言った。
「……ごめん。無理」
「……どうして?」
「……あなたと、ほとんど関わりがないから。急に言われても、困るよ」
言葉は冷静だった。
でも、それは嘘。
本当は――俺の心は男だから。男にまったく興味が湧かない。ただそれだけだった。
勇斗は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに笑って頭を下げた。
「わざわざ時間を作ってくれてありがとう。……迷惑、かけたね」
そのまま彼は背を向け、静かに歩き去っていった。
残された俺は、風に揺れる落ち葉の音だけを聞いていた。