番外編:体育祭3 虚無の富
体育祭前夜。
誰もいないはずの生徒会室に、ひそかに足音が響いた。
部屋に忍び込んだのは――佐々木流麗だった。
彼女は生徒会の合鍵をなぜか所持しており、目当ての「借り物競争」のくじ箱を見つけると、クスクス笑いながら中身を引っ張り出した。
「うーん、みんなまじめすぎてつまんないなぁ~……ちょっと“お題”にスパイス足そっか!」
流麗は、元のくじをすべて引っこ抜き、「とあるお題」で全部書き換えると満足げに笑い、生徒会室を後にした。
翌朝――体育祭当日。
澄み渡る空。爽やかな風。校庭には紅白のテント、ラインが引かれたフィールド、準備に奔走する生徒たち。
俺――花月も、体操服に着替えて登校していた。
(……とうとうこの日が来たか)
あまり得意じゃない行事だが、詩織や夏美が一緒にいてくれることで、少しだけ緊張も和らいでいた。
そして、ついに借り物競争の時間が来た。
俺がラインに並ぶと、観客席から詩織が元気よく叫んだ。
「がんばってねー、花月ちゃーん!」
その隣では夏美が、落ち着いた口調で「転ばなければ勝てます」とか言っていた。完全にフラグである。
(……まあ、借り物競争くらいなら、なんとかなる)
そう思っていたのだが――
パンッ!
号砲とともに、全選手が一斉にくじ置き場へ走り出す!
俺も走り出す! ――が、
「うおっ!?」
つまずいてこけた。
(なんでだよ!!)
膝を軽くすりむきながらも、必死に立ち上がり、なんとか最後尾でくじを取った。
封を開ける――そして、凍った。
隣の選手も固まっていた。観客席からも「えっ?」という空気が漂う。
くじに書かれていた文字は――
「サイズがBカップ以上のおっ〇い」(BANされないための自主規制です)
(……誰の仕業だ)
明らかに誰かの悪ふざけ。でも、今さらやり直しもできず、皆が戸惑いながら動けずにいた。
先輩女子に走る男子、生徒会の女性を目で探す女子……そのなかで、俺だけがゴールに向かって走っていた。
なぜなら――
(……たしか、Cカップって言われた気がする)
流麗に言われた記憶を信じて、俺は真っ直ぐゴールへ向かった。
ゴールでは、その張本人である流麗が、にやにやしながら待っていた。
「はいはーい、花月ちゃん。お題はなに~?」
俺はくじを無言で差し出した。
流麗はそれを見て――
「……ま、まさか、測るの?」
「一応……確認は必要でしょ?」
流麗はメジャーを取り出し、ためらいながら測定。
その手が止まる。
「うそ……D……!? Dカップ!?」
その声は、会場には届かなかった。
が――
「競技成立! Dカップ、確認されましたぁ!!」
司会がマイクで叫んでしまった。
(……は?)
観客席がどよめき、何人かの男子が明らかにこちらを見ていた。
俺は、予想以上の“事実”に、ただ固まっていた。
(……Cじゃなかったのかよ……Dって、Dって……)
脳内でカップサイズのアルファベットがグルグルしている間に、気がつくと――
俺は借り物競争1位になっていた。
表彰台の上、トロフィーを受け取りながら、観客の拍手とともに浴びる視線。
「えっ、花月ってDなの……?」
「なんか、すごくない?」
「いや、マジかよ……」
――そんな声があちこちから聞こえてくる。
(やめろ、俺の中身は元男なんだぞ……!!)
その場に立ち尽くしながら、俺はスポーツではなく名誉(?)で勝利した事実を、ただ受け入れるしかなかった。
(絶対、流麗だな……!)
俺の中で、静かに復讐リストの筆頭が更新された。